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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十四話 抜擢 6

 まさか山野君のみならず、土井さんにまでそうした目で見られていたとは思わなかったから、ちょっと照れ臭くなってしまった。 けれど土井さんの意見は山野君から又聞きで聞けて良かった。 土井さんに直接にそうした事を伝えられていたら、僕はきっと相応の動揺を彼女にさらしてしまっていた事だろう。 危ない危ない。


 ――しかし、山野君がここまで僕を頼ってきているのだから、僕も彼の力になってあげたいとは勿論思っているものの、いくらメイド服よりは断然男寄りの服装である執事役とは言え、『男子が女子の、女子が男子の格好をする』という僕ら一年一組の出し物のコンセプトにかんがみるに、僕が執事役をこなしてしまうと、僕は客に『女性』として見られてしまう訳だ。


 つまり僕は文化祭の出し物という大義名分の上だとは言え、全校生徒を始めとする不特定多数の客に『ぼく』をさらけ出さなければならないという事だ。 先の山野君の話からして、この役を引き受ければ僕も十中八九メイクはほどこされるだろうし、そうした目で見られてしまう事態はどうにも避けられそうにない。 その大衆の目にさらされた時、果たして僕は僕のまま、『男』のまま、自分を保てるだろうか。 一番気にかかるのはやはりそこで、正直、自信は無かった。


 これは僕の心から生まれた弱気などでも何でもなく、一種の慎重さのようなものである。 その慎重さというのも、僕が中学の時にトランスジェンダーという観念を知った途端、これまで僕が長年築き上げてきた男のかたちまたたく間に女のかたちへと変換されてしまった時のように、今回の一件でまたもや僕の男のかたちたなどころひるがえし、跡形も無く消え去ってしまうのではと懸念していたのだ。 そのリスクからのがれる為に僕は、出来る事ならばメイド役は言わずもがな、たとえ執事役であろうとも引き受けたくはなかった。


 しかし、それと同時に、これは僕にとっての試練なのではとも受け取れた。 なるほど、安易にその役柄を引き受けて、いざ大衆の目の前で『ぼく』を曝した時、僕が『男』を保てるという確証は無い。 けれど、この試練を受けてなお僕が『男』を保ち続けていれば、それは即ち、僕の『男』が『ぼく』を打ち負かしたと言ってもいいのではないだろうか。


 こうした僕にとっての試練はこれまでに何度か僕の目の前に訪れたけれど、恐らく今回の試練は、これまでの中でも最大級の巨壁きょへきとして僕に立ちはだかる事は間違いない。 しかし、その断崖絶壁を踏破した時、きっと僕の男のかたちは完成する。 そう確信した途端に、この依頼は僕にとっての唯一無二、千載一遇の機会に違いないと推断した僕は、


「わかった、山野君がそこまで言うなら、僕に出来る限りの事はやってみるよ」

 ついに、一世一代の試練に挑む事を決意した。


「おー、マジか! ありがとう綾瀬君っ! いやー、綾瀬君の人柄からしてたぶん引き受けてくれないと思ってたけど、一応聞いてはみるもんだなぁ」


「山野君たち実行委員がこのクラスの為に頑張ってくれてる事は先週からずっと見てたし、僕もいちクラスメイトとして山野君たちに応えなきゃと思っただけだよ」


「そっか。 一部じゃ嫌にノリ悪い連中もいるから、綾瀬君みたいにクラスの事を考えて動いてくれる人がいてくれるのは俺としてはめっちゃ嬉しいよ。 じゃあ今後は綾瀬君にも放課後の文化祭会議に出てもらうつもりでいるけど、時間の方とかは大丈夫かな。 確か綾瀬君って結構遠い所から通学してるんだよね?」


 流石様々なところにコミュニティを持っている山野君だ。 僕が直接彼に話した事の無い僕の通学の事情まで把握しているとは恐れ入った。


「そうだね、あんまり遅くまでは付き合えないかもしれないけど、十八時ぐらいまでなら問題ないと思うから、時間の許す限りは付き合うよ」


「わかった。 その辺は他のみんなにも伝えておくし、もし綾瀬君の都合が悪い日があったら遠慮なくそっちの方を優先してもらったらいいから。 まだまだ決めなきゃならない事は沢山あるけど、俺らの出し物、絶対良いものにしような」


「うん、頑張ろうね」


 かくして僕は、執事役という大役を引き受けてしまった。 しかしやるからには中途半端ではいけない。 試練を完璧に乗り越える為にも、僕は今一度だけ『ぼく』の女のかたちを利用しなければならなくなるだろう。


 僕が誰かの前でぼくに変身するなんてのは小学校以来だから、今この時においてそれ(・・)うまく扱えるかどうかは僕にも分からない。 下手をすれば奈落の底、しかし制御さえ出来ればこれほどまでに有用な性質も無いだろう。 こればっかりは、他の誰も持つ事の出来ない、僕だけの武器でもある。(武器は武器でも、僕自身にも危害を及ぼしかねない諸刃もろはつるぎであるけれども)

 これまで僕はさんざっぱらぼくに振り回されてきたのだから、一度ぐらいは僕の方から思う存分利用しても罰は当たるまい。


 ――妙にやる気が出てきた。 この件を僕に依頼してくれた山野君には感謝しなくてはならない。

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