第三十四話 抜擢 4
[文化祭の出し物、何だか面白いものになりそうですね]
[ほんとね。あの調子だと竜之介がメイド役に選ばれそうだったから、山野君じゃないけどインパクトは凄そうだね]
その日の夜。 僕は自室で古谷さんとメッセージのやり取りをしていた。 近頃の夜は足元が冷えるから、先週出したばかりの電気ヒーターが今日も大活躍している。 僕はヒーターの前で足先と手を温めながら、彼女からの返信を待っていた。 それから間もなく[本人も乗り気だったのがすごいです]と古谷さんからの返信が来る。
今日の文化祭会議が終わった後、竜之介は休み時間中に山野君と何やら話し込んでいた。 後に話を聞いてみると、やはり出し物の件で話していたらしく、もしメイド服を借りる事が出来たら竜之介には是非メイド服を着てほしいと山野君が伝えてきて、竜之介はその要望を二つ返事で快諾したという。
男子でメイド服を着るという事は即ち、その行為自体がまったくウケ狙いであるから、客に笑われる事が前提となってしまうけれど、竜之介はそれを肯った上で承諾したのだから凄い。 彼曰く「俺の身一つで誰かを楽しませられるんやったら、俺はどんな無茶振りにでも応えたる」との事で、やはり彼はこういう場面になると関西人の血が騒いでしまうらしい。 それから僕も返信の文句を打ち込んだあと、
[あとは竜之介の身体に合うメイド服があるかどうかが問題だね]と返した。
よしメイド服を借りる事が出来たとして、サイズが合わないのを無理に装着した挙句に服を損傷させてしまった日には取り返しのつかない事になるだろうから、今後はその辺りの問題もクリアしていかなくてはならなくなるだろう。 すると先ほどより返信が早く届いて、
[もし神くんが着られなかったらユキくんが代わりに着ればいいですね!]と古谷さんが突拍子もない事を言ってきた。 しばらく僕はその返信に戸惑わされていて、ヒーターに曝していた足先を危うく火傷してしまいそうになった。
[いやいや、僕なんか絶対似合わないよ]
それから僕は否定の気味に返信した。
[そうでしょうか。ユキくんは肌も白いし体もすらっとしてるから神くんとはまた別の意味で似合うかなと思ってたんですけど]
しかし古谷さんはやけに僕のメイド姿を推してくる。 女性にそうした事を言われてしまうと、僕の中の女の容が助長してしまう。 ――ああ、駄目だ。 すっかり私が、僕のメイドに変身した姿を想像している。 化粧を施されて悦に浸っている僕を想像している。 いけない、いけない。
僕は首をぶんぶんと横に振った後、両手で両頬を軽く叩き、私の浮ついた想像の一切を振り払った。
[仮に似合ってたとしても僕は竜之介みたいに咄嗟に気の利いた事も言えないし、それ以前に竜之介が着られないなら身長的に僕にも合わないだろうから、着られるのを前提ならやっぱり竜之介の方が断然向いてるよ]
メイド服を着るという事は、接客も果たさなければならないという事。 そして僕は自分の人見知りを自覚しているから、なおの事メイド役には向いていないという訳だ。
[そうですかー。私個人としてはユキくんのメイド姿を見たかったんですけど山野くんも役割を無理強いしたくはないって言ってましたし、自分の望む役割をこなすのが一番ですね]
[そうだね。出来れば僕は裏方の方がいいかな]
[私も裏方希望なんで一緒に作業出来たらいいですねっ!]
古谷さんは一体どういう理由があって僕のメイド姿などを見たかったのだろうかとちょっと気にはなったけれど、この話題を続けているとまた僕の中の女の容が疼いて来てしまうので、ここは無難に話頭を転じ、メイドと私とを成る丈遠ざけた。
しかし古谷さんと一緒に裏方をこなすのは悪くない。 メイドや執事役の人が接客でてんやわんやするのは勿論だけれど、裏方だって立派な仕事だ。 それこそ今日話し合った出し物の構想からするに、客側の希望があれば客も服装を変える事になるだろうから、ことによると接客より裏方の方がてんやわんやするかも知れない。
ただ、そうした繁忙も文化祭の醍醐味であろうから、僕は裏方役になったとしても全力で役割を全うするつもりでいる。 竜之介じゃあないけれど、僕も誰かに喜ばれる事が好きだから、一人でも多くの客に楽しんで帰ってもらえるように努めよう。
文化祭開催まではあと一か月弱。 これから日に日に忙しくなってきそうだ。




