第三十四話 抜擢 2
「――んじゃ多数決通り、俺らの出し物は教室内での飲食関係って事でいいかな」
僕たち一年一組の教室では今、壇上にいる文化祭実行委員主体で、文化祭の出し物についての話し合いを行っている。 文化祭実行委員は二人居て、一人は山野誠也という男子で、もう一人は土井真澄という女子だ。
山野君はクラスのムードメーカー的な存在で、いつも笑顔を絶やさず、男女関係無しに誰とでも気さくに喋る事の出来る温和な生徒である。 竜之介や三郎太も結構誰とでも話す方だけれど、山野君は彼らとはまた違った性質の男子で、僕がたまに彼と会話したりする時には、ちゃんと目を見て相手の意見を聞き入れながら接してくれるから、僕個人としての彼の評価はすこぶる高い。
一言で言うと、竜之介の沈着さと三郎太の陽気さを足したような人物だ。
もう一人の文化祭実行委員である土井さんとは、山野君ほど接した覚えがない。 彼女もまた、クラスの女子の中では発言力のある人物で、特に目立った行動は起こしていないものの、彼女は決まって彼女を含んだ女子四人でグループを組んでおり、その徹底さたるや、僕や他のクラスメイトが、彼女が一人で居るところを見た事が無いほどだ。
先述した通り、土井さんとはあまり会話を交わした事が無いので、僕は彼女の人となりを語れるほど彼女を知らないけれど、これまでに悪い噂なども耳にした事は無いから、実行委員を任せても何ら問題は無い人物なのだろうという事は理解していた。
かくしてクラスの中心的な男女が自ら文化祭実行委員に立候補したものだから、もちろん異議を唱える者など誰もいなかった。 むしろ、実行委員などという大役を率先して引き受けてくれてありがたいとさえ思っている生徒も少なくは無かったようだ。 かく言う僕も、目立つ事や誰かに指示を出すという事がどうにも苦手だったから、山野君の積極性には感謝している。
実行委員が決まった後は、まず出し物の方向性をクラス全員で話し合った。 教室内の展示物にするのか、屋外で飲食関係の屋台を出すのか、はたまた体育館での劇やダンスなどのステージ発表にするのか。 意見は様々に分かれた。
時には男子と女子で意見が食い違って言い争いに発展する場面もあり、そうした侃々諤々の議論を山野君が宥めつつ二十分ほど経過した頃、そこまで意見が対立しているなら多数決で決めたらどうだという担任の先生からの鶴の一声で多数決が行われ、その結果、僕達の出し物は教室内での飲食関係という事に話は収まった――のが、つい先ほどまでの顛末だ。
「でもさー、飲食関係って言っても結構幅あるよね。 がっつり食べ物系にするのか、それとも飲み物主体のカフェ系にするのか」
「教室内だから焼いて煙が出る系の食べ物は無理そうじゃね? 焼き鳥とか」
「だったらたこ焼きとか、ホットプレートでお好み焼きとかでもいいんじゃない?」
「でも焼く系の食べ物って許可取るまで結構うるさいらしいぜ。 去年の文化祭で焼き鳥の屋台出してた部活の先輩に聞いたけど、屋台にかかわる人全員が検便取らされたとか」
「えー、そこまでしないといけないの? それはやだなぁ」
「ただの飲み物とか、お菓子ぐらいならそのまま出せるらしいから、それを考えたらカフェ的なやつが無難なのかもな」
「でも普通に飲み物とかお菓子出すだけだと味気なくない? どうせならもっと人が集まりそうな話題性のあるのにしたいよね」
教室内での飲食関係という指針が固まった後、何の飲食を出すかという意見がクラス内に行き交っている。
「綾瀬くんは、やるとしたら食べ物と飲み物、どっちがやりたい?」と、議論に参加していなかった平塚さんが訊いてくる。
「んー、そうだなぁ。 食べ物系と飲み物系、どっちもしてみたいとは思うけど、どちらかと言うと僕は飲み物系の方かな。 さっきの話を聞いてる限りでも食べ物系は結構段取りに手間が掛かりそうだし、そこで時間を取られるぐらいなら最初から飲み物系で一貫してた方が良いものが作れそうだからね」
「確かにそうだよねぇ。 段取りに時間だけ取られて、肝心の中身がすっからかんでしたなんて事になったら目も当てられないだろうし。 万が一に食中毒でも出ちゃったら文化祭中止とかもあり得るもんね」
稀にニュースなどで見かけるけれど、飲食サービスを生業としている店でさえ、出る時は食中毒が発生するようだから、まったくのど素人である僕達が食中毒の出る恐れのある食べ物を調理して客向けに提供するという事は殊の外ハードルが高そうに思われる。 それこそ先に平塚さんが述べた危惧の通り、僕達の調理不足で客に食中毒を出した事が原因で文化祭が中止などになったら、全校生徒から非難を浴びる事は請け合いだ。 ことに、その不祥事を起こしたのが最下級生と来れば尚更風当りは強烈になるに決まっている。
「うーん話題性かぁ。 カフェで話題性って言ったら俺は、メイドカフェぐらいしか思いつかないけど」
僕と平塚さんが話している内に議論の方は収束を迎えたようで、山野君が腕を組みながら首を傾げつつ、うんうん唸りながら話題性という単語から答えを導き出そうとしている。
「メイド服ならこの学校にあるみたいだよ。 ほら、ここの学校って数年前まで被服科ってのがあったみたいで、昔の先輩たちが作ったのがそのまま残ってるらしいね」
今度は土井さんが山野君の意見に答えている。 この学校に被服科という服飾関連の科があったという事自体は、いつぞやに玲さんから聞き及んでいたからそれほど驚かなかったけれど、さすがにメイド服を作っていた事までは知らなかったからちょっと驚いた。
「へぇ、何着あるのか知らないけど、もし借りれるなら結構いい感じになるかも。 事前に借りる事が出来たら女子の誰かが試着して……その姿を写真撮影しといてそれを元に広告のチラシか何か作れば話題性も抜群だろうし……許可さえ下りればSNSとかで宣伝すれば発信も簡単で大勢の人に見てもらえるし……」
山野君は顎に手を添えながら、メイド服を借りる事が出来た時の未来を考えている。 しかし広告の事まで考えているとは恐れ入った。 さすが自ら実行委員に立候補しただけの事はある。 土井さんは土井さんで、山野君の気が回らない部分をうまく補っている。 遠目から見ている限りでも、互いが互いを信頼し合っているという様子が窺えるから、彼らを主体としていれば僕らの出し物はきっと良いものになるだろう。




