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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十三話 大切な人 13

「どうしたの? 三郎太くん」彼の態度が気になった私はそうたずねた。

「いや、その、なんだ」

 けれど彼にしては珍しく奥歯に物が挟まったような口調で返答を濁している。


 いまいち要領を得られなかった私は、彼に似合わない態度で急にどうしたのだろうと首をかしげつつ、覗き込むように三郎太くんの顔を見た。 すると彼は私と目を合わせるなり、あからさまに私から視線を逸らして明後日あさっての方向へ首を回したあと、


「……これ、間接キスになっちゃったな、ごめん」と弱々しい声調で答えた。


「あ……」

 私の方も何も思わないで彼にペットボトルを差し出してしまっていたものだから、彼に「間接キス」という単語を使われた直後、私の頬は若干の熱を帯びた。


「ご、ごめんっ。 私もそこまで気が回らなくて」

「いや、俺の方は別に良かったんだけど、ほら、千佳ちゃんの方が嫌だったかなと思ってさ」


 三郎太くんは申し訳なさげにそう言った。 きっと彼は、私がユキくんの事を好きだと知っているからこそ、そうした気遣いを私に向けてくれたのだろう。 元はと言えば私から三郎太くんへ向けた気遣いのはずだったのに、またもや私は彼に余計な気遣いをさせてしまった。 完全に空回からまわっている。 これ以上無暗に行動を起こさない方がいいのかも知れない――


「もし嫌だったらこれ捨てて、新しいの買うから――」

「――大丈夫だよ、三郎太くん。 ペットボトル貸して」

 でも、やっぱりこのままではいられない。


「え、千佳ちゃん?」


 私は三郎太くんからペットボトルを受け取った後、喉が焼け付くのも構わないで、残りの中身を全て飲み干した。


「っ~~!! やっぱりまだ炭酸きついなぁ……。 ――私も、気にしてないよ三郎太くん」


「無理、しなくてよかったのに」ばつの悪そうに彼は呟いた。

「無理なんかしてないよ。 だって私も、嫌なんて思わなかったから」

「……そっか。 んじゃ俺が勝手に気ぃ遣い過ぎちゃってたって事か」


「そうだよっ。 っていうか三郎太くんは私に気を遣われる事をあんまり良く思っていないみたいだけど、三郎太くんこそ私に気を遣い過ぎてると思う。 ――だから、もうちょっと踏み込んでみようよ、お互いに。 だったら今よりもっと楽しくなる気がするんだ」


「そうか、そうだよなぁ――よしっ、分かった。 これからはもっとグイグイ行く事にするわ」

「うんっ、そうしようよ。 私ももっと三郎太くんの冗談に付き合えるよう頑張ってみるから」

「お、言ったな千佳ちゃん。 そりゃあ下ネタでも大歓迎って事でいいんだな?」

「ちょっ、それは、その……もぉ、私がそういう話苦手なの知ってるでしょ三郎太くんっ!」


 私は頬を熱くしながら三郎太くんをたしなめた。 当の彼はハハハと笑いながら平気な顔をしている。


「冗談だよ冗談。 まぁでも、確かに気遣いなんて俺らしくなかったわ。 真衣ちゃんにはそういう事も無いんだけどなぁ」


「もしかして、私とユキくんの関係を知ってるから、無意識の内に私と深く関わるのを避けてたとか」


「あー、それはあったかもなぁ。 あんまり俺が千佳ちゃんと深く関わって、もし千佳ちゃんが俺の事を好きになっちゃったらユキちゃんにわりぃからな」

「大丈夫大丈夫っ、私はユキくん一筋だから」


「千佳ちゃんも言うようになったなぁ。 そこまで言われたら逆に振り向かせたくなっちゃうんだけど。 男のさが的に」

「じゃあまずは、ユキくんくらいの学力と落ち着きを身に付けないと駄目だね」

「さっそく無理そうなんですけどっ?!」


 ひょんな間接キスから深まった、私と三郎太くんの仲。 私の一番はユキくんで間違いないけれど、異性の友達で一番は誰かと聞かれれば多分、私は三郎太くんを選ぶと思う。 だって、こうして三郎太くんと何でもない馬鹿を言い合える今この瞬間が、すごく、楽しいから。


 いつぞやの『特等席』ほど豪華なものではないけれど、私は確かに新たな『席』を見つけた。

 その席は、一般的で、飾り気も無くて、誰かにしてみれば何の変わり映えも無い席に見えてしまうだろうけれど、私にとってはこの上ない、座り心地の良い席だった。


 何よりその席はぜんぜん『特等席とくべつ』なんかじゃないから、いつ席を立っても席を奪われる心配も無いし、いつでも待たずに座る事が出来る。 そして、私がその席に座れば間もなく私の真正面の席に、()が座る事だろう。


「同席いいですか」なんて、野暮ったい台詞は耳に聞こえない。 それどころか、彼はテーブルに置かれている私の料理に断りも無しに手をつけるだろう。 でも私はわざわざそれをとがめたりはしない。 むしろ今度は私が、彼の料理をつまみ食いしてやろう。


 予定調和の相席で食す料理は平凡だけれど、幸せなくらいお腹はいっぱいになるものだ。

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