第三十三話 大切な人 12
「ありがとう、三郎太くん」
たった今購入したペットボトルを自動販売機から取り出しつつ私がそう言うと、三郎太くんはお釣りを回収しながら「おう」と軽快に返事した。
「三郎太くんは買わなくていいの?」
「あー、俺はいいかな」
「そっか。 それじゃあ、いただきますね」
ちょうど喉が渇いていた事もあり、私は早速ペットボトルの蓋を開けた。 と同時にペットボトル内の炭酸が抜ける音がして、私の飲用意欲を引き立たせる。 炭酸飲料はあまり好んで飲まない方だけれど、ユキくんが好きなものを私も好きになりたいという気持ちはあるから、今日を機に少しずつ炭酸飲料も飲んでみようと思う。
そうして私はペットボトルに口をつけ、ごくごくと中身を飲み続けた。 すると、三回ほど喉を鳴らした後、私の喉は急に焼け付くような感覚に襲われ、咄嗟に飲み口から口を離した。
「――っ~~!! ……これって、こんなに炭酸きつかったの?」
あまりの喉の焼き付き具合に、思わず涙が出そうになった。
「あー、それ結構炭酸きつかったよな。 炭酸好きの俺でも結構喉に来るもん」
どうやらこの飲み物は、普段から炭酸飲料を愛飲している人ですら炭酸がきついらしい。 どうりで炭酸慣れしていない私が三口程度で根を上げてしまう訳だ。
「ユキくんはこんなのを涼しい顔してごくごく飲んでたんだね。 すごいなぁ」
「ユキちゃんは炭酸好きだからなぁ。 球技大会の後に俺ら三人で温泉に行った時なんて、風呂上がった後にそれの二倍ぐらい炭酸の強いやつを平気な顔して飲んでたぜ」
これより炭酸が強い飲み物など、私にはまったく飲める気がしない。 無理にでも飲んだ日にはそれこそ本当に喉が焼け付いて二、三日食事が喉を通らなくなってしまうかもしれない。
「もし炭酸きつくて飲めそうにないんだったら、今からでも違うの買ってやろうか?」
私の炭酸に苦戦している様を見て気を遣ってくれたのか、三郎太くんがそう言ってくる。 けれど全く飲めない訳でも無かったから、
「ううん、確かに炭酸はきついけど、ぜんぜん飲めないって程じゃないから大丈夫だよ」と私は返答した。
「ならよかった。 んじゃそろそろ駅に向かうか」
そうして私たちは自動販売機を離れ、ふたたび駅への帰路に就いた。 歩いている間に私はちびちびとメロンソーダを飲んでいて、ペットボトルの中身が半分くらいになった頃、炭酸の刺激も落ち着いて来て、今でも喉に若干の焼け付き感はあるけれど、飲み始めの頃と比べると随分と飲みやすくなってきた。
「にしても来週はもう十月かぁ。 十月つったら秋後半のイメージがあるけど、ちょっと涼しくなっただけでほとんど夏と変わりねーよなぁ。 今日も今日で結構汗掻いたし、なんか最近の季節って夏と冬しかない気がするわ」
「あー、確かに。 冷暖房とか全く使わないで過ごせる時期って一年の中で数えるほどだもんね。 私たちが小学生の頃とかはそんな事なかったのに」
「まぁ夏は嫌いじゃねーんだけど、俺は結構汗っかきで暑がりな方だから、涼しくなるならさっさと涼しくなって欲しいわ。 いつまで夏が続いてんだって話」
三郎太くんは今日の季節の曖昧さについて苦言を呈しつつ、手うちわで自身の顔を扇いでいる。 よく見てみると、顔にうっすら汗が光っている。 彼は自転車に乗る事も無く、わざわざそれを押しながら私と肩を並べて歩いてくれているから、そのせいで彼に余計な体力を使わせてしまっているのかと思うと、たまらなく申し訳なくなる。 でも、三郎太くんは私からの気遣いを嫌うから、何も言ってあげられないのが実にもどかしい。 それなら――
「――あの、三郎太くん」
「ん?」
「よかったらこれ、飲む?」
言葉に出来ないなら、せめて行為で彼を労ってあげないと私の立つ瀬が無い。 だから私は私の飲んでいたペットボトル飲料(結局これも彼に買ってもらったものだけれど)を彼に差し出した。
「え、いいの?」彼は若干戸惑いつつ、本当にそれを飲んでいいのかと遠慮気味に訊いてくる。
「うん、三郎太くん結構暑そうだし、元をたどればこれを買ってくれたのも三郎太くんだし、もしよかったら」
「……わかった。 ならありがたく飲ませてもらうわ」
三郎太くんからの返答を聞いた後、私は蓋を開けてから彼にペットボトルを手渡した。それを受け取った彼は、小気味良く喉を鳴らしながら中身を飲んだ。
「っはぁ~。 やっぱこの時期の炭酸は最高だよなぁ。 ――あ」
ある程度中身を飲んだ後、彼は言葉の最後で何かを思い出したかのよう困惑気味にそう呟いた。




