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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十三話 大切な人 11

「いやー、何だかんだあったけど、赤組が優勝できてよかったよな」

「だね。 昼休憩を潰してまで練習した甲斐もあったよ」


 時刻は十六時前。 私と三郎太くんは体育大会を終え、教室で制服に着替えていた。


 ――あれから接戦に続く接戦の末、体育大会は赤組が僅差きんさで白組を下し、優勝を飾った。 それから閉会式が終わった直後、玲先輩と双葉さんが私のもとに近寄ってきて、赤組が優勝出来たのは私が借りもの競争で一位を取ったおかげだと褒めてくれた。 それと同時に双葉さんに正面から抱きつかれ、まるで大型犬でも撫でるかのようにわしゃわしゃと私の頭を撫でてきて少し恥ずかしかった。


 実際のところ、私だけでなく赤組のみんなが頑張った結果が順位に反映されたのだから、私一人の力で優勝を決めたなどとはもちろん思っていないけれど、玲先輩たちに褒められた事自体は嬉しかったし、彼女たちの最後の体育大会に花を添えてあげられたのは喜ばしい事だから、私はその賛辞を素直に受け取った。


 ――そして今、教室内にはクラスの半分の生徒しか滞在していない。 それも、赤組チームのメンバーのみだ。 これは閉会式で初めて知ったのだけれど、この高校の体育大会は敗北したチームが体育大会の後片づけを行わなければならないらしく、その慣例に従ってユキくん達が所属する白組は今もなお、体育大会で酷使した体に鞭打ちながら後片付けを行っている。 どうりで上級生たちが、とりわけ赤組が昼休憩を潰して予行練習をしてまで勝ちにこだわっていた訳だと、私はこの時はじめて理解した。


「で、どうする千佳ちゃん。 ユキちゃんたち待っとくか? 待つなら俺も付き合うけど」

 いち早く着替え終わった三郎太くんが私にそうたずねてくる。


「――ううん。 後片付け、早くても三十分以上は掛かるって言ってたし、下手に待っててもみんなに気を遣わせちゃうかもしれないから、今日はこのまま帰るよ」


 せっかく真衣とも仲直りしたし、今日は久しぶりにみんなで一緒に帰りたかったけれど、どうせ明日からは普段通りの五人で過ごす事が出来るだろうから、無理に彼らを待つ必要は無いだろう。


「そっか。 んじゃ優勝チームの特権を存分に味わいながら帰るとするか。 駅まで送るわ千佳ちゃん、こんな事するのもどうせ今日が最後だろうしな」

「うん、ありがとう三郎太くん」


 私は彼の気遣いを断る事も無く、すんなり受け入れた。 普段なら一度はやんわり断るのだけれど、体育大会で優勝して、ちょっと気分が浮かれていたものだから、色々と寛容になってしまっていたのかもしれない。

 それから私たちは教室を出て、私は三郎太くんが自転車を取りに行っているあいだ校門で待ち、まもなく自転車を押しながら現れた彼と共に駅へ向かう帰路へとついた。


「でもほんと、千佳ちゃんと真衣ちゃんが仲直り出来てよかったわ」

 帰路についてからの開口一番、三郎太くんは私と真衣が仲直りした事についてしゃべり始めた。


「私もまさかあのタイミングで仲直り出来るとは思ってなかったから、真衣を呼び出した直後はどうなるかと思ってたけど、結果的にうまくまとまってくれて本当良かったよ」


「ほんとな。 千佳ちゃんが真衣ちゃんを呼び出してる最中には、何だか知らないけど俺まで緊張しちゃってたぜ」


「ごめんね心配かけて。 でも、それだけ私たちの仲を気にしててくれたんだね。 ありがとう、三郎太くん」


「いやいやいいって。 結局俺は何もしてやれなかったしな」

「ううん、その気持ちだけで十分だよ」


 三郎太くんの顔を見つつ私がそう言うと、彼にしてはちょっとかしこまった様子を覗かせ、頬を指で掻いている。 それからしばらく沈黙が続いた。 でも、不思議とその沈黙は苦にならなかった。


「――あ、千佳ちゃん、喉乾いてね?」

 さっきまで押し黙っていた三郎太くんが、駅までの道のりの途中に設置されてある自動販売機を目にしたかと思うと、その場で立ち止まって私にそうたずねてきた。


「そういえば閉会式前にお茶を飲んだっきり何も飲んでなかったから、ちょっと乾いてるかも」

「んじゃあさ、千佳ちゃんが借りもの競争で一位取ったお祝いに、俺が好きなのおごってやるよ」

「えっ、いやさすがにそこまでしてもらうのは悪いよ」

「気にすんなって。 ――ほら、どれがいい?」


 私の都合など知った事かと言わんばかりに私の遠慮を右から左へと流した三郎太くんは、気にするなと言いつつその場で自転車のスタンドを立ててから自身の財布から小銭を取り出し、自動販売機の硬貨投入口にお金を入れた。 投入金額を表示する液晶には二〇〇円と表示されている。


 三郎太くんは、こういう場合に結構強引なところがある。 当の本人は気にするなと言ってくれているけれど、一方的に何かしらのほどこしを与えられるのが苦手な私には、到底二つ返事で受け入れる事の出来ない善意だ。


 でも、三郎太くんは未だニコニコしながら私が飲み物を買うのを待っている。 ここまで彼の善意に押されてしまうと、私も自動販売機の購入ボタンを押さない訳にも行かず、いよいよ私は「……じゃあ、お言葉に甘えて」と、しぶしぶ三郎太くんの善意を受け取ったあと、とあるペットボトルジュースの購入ボタンを押した。


 私の購入した飲み物は、ユキくんが花火大会の日に飲んでいたメロンソーダだ。 あの日ユキくんが屋台で買った食べ物を食べつつおいしそうにこの飲み物を飲んでいたから、そんなにおいしいものなのかと興味をそそられて、これを選んだのだ。

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