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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十三話 大切な人 9

 程無くして長テーブルに辿り着いた私は、テーブルの上に裏返しで置かれた四つの紙の内、一番左端のものを選んだ。 そうして、おそるおそるお題を確認した。


「これは――」


 お題を見た途端、私の脳裏には様々な思考が生まれ、まるで時が止まったかのような感覚に襲われたと同時に、私の意識は私の支配下から抜け出し、どこかへ行ってしまった。 それからまもなく、はっと意識を取り戻した私は、自分でも何故その方向に走り出したのかさえ分からないまま、とある方向へと向かっていた。

 そうして、辿り着いたその場所は、敵陣である白組の一年生の応援席。 その目の前で私は、鼻から思い切り息を吸い込んで、

「真衣っ! 私と一緒に来てっ!」と、力いっぱいに叫んだ。


 すると、私の声に反応して、一年生の群衆の中から姿を見せた真衣が応援席とトラックをへだてるロープを乗り越え、戸惑い気味に私の前に現れた。 戸惑いもするはずだ。 私は赤組で、真衣は白組。 そして私たちは未だ仲直りもしていない。 真衣からしてみれば、おまえは何をしに、どのつらを下げてここへ来たのだと言いたくてたまらなかっただろう。 でも、ここまで来てしまったからには、私はもう立ち止まる事は出来ない。


「――えっ! ちょっ、千佳っ?!」


 私は真衣の意思など関係無しに、一方的に彼女の手を取ってゴールへと走り始めた。


「何?! どうしたの千佳っ! せめてお題くらい教えてよっ!」

「いいから付いて来てっ!」


 心臓が、うるさいくらいに鼓動する。

 大勢の生徒に注目されながら真衣を呼び出した事と、仲直りすらしていない真衣を強引に連れ出したという大胆な行為に対する反動が、今まさに私の身体中を駆け巡り、最早自分が何を考えているのかさえ分からなくなってしまっていた。 それでも私は、ただまっすぐにゴールへと向かっていた。 真衣の手のあたたかさをこの手に感じながら。


 そうして私と真衣は、ゴール前の判定員の元へたどり着いた。 手はまだ握られている。 真衣は依然困惑気味だ。 私は判定員の女性の先生にお題の紙を手渡した。


「えーと、お題は『大切な人』。 あなたの大切な人は、この人で間違いない?」

「はい、この子は、平塚真衣は、私の一番大切な友達ですっ」


 私の引いたお題は『大切な人』。 私はこのお題を引いた瞬間、真衣の事で頭が埋め尽くされたと同時に、彼女の元へと走っていた。

 今思えば、大切な人というくくりは結構幅があるから、友達や家族などはもちろん当てはまるだろうけれど、人によっては、あるいは好きな人もこの括りに当てはまるのかもしれない。 そういう点で言うと、私の第一に思い浮かばなかったのがユキくんでなかったのは少し残念だったけれど、真衣だって私の大切な友達だし、喧嘩中の今だからこそ、第一に彼女の事を思い浮かべてしまうのは無理もなかったという事だ。


 でもこれは、私の一方的な理想の押し付けだという事も理解している。

 あの時、自分から感情的に怒鳴って真衣を突き放しておいて、こういう時に都合良くのこのこと目の前に現れて、また私のわがままで彼女を振り回してしまっている。 真衣にしてみれば、きっといい迷惑だったに違いない。


「わかりました。 じゃあ、そちらの人も、この人が大切な人で間違いない?」


 私の返答を聞いたあと、先生が真衣にそうたずねた。 ここで真衣が何と答えようと、真衣の自由だ。 今更都合良くダシに使われた事に激怒し、私の引いたお題を真っ向から否定し、私がアンカーを務める赤組Bチームの首位を妨害してくる可能性も無いとは言い切れない。 でも、真衣がその答えを出すというのならば、私はそれを素直に受け入れよう。 今の私にはそれだけの覚悟がある。


 変に冷静だった。 さっきまで鳴り止まなかった心臓の激しい鼓動が、ここに来てしんと落ち着いた。 私は真衣の手のぬくもりを感じながら、真衣が答えを出すのをじっと待っていた。 すると、真衣の手がぎゅっと、私の手を握った。


「――はい、この子は、古谷千佳は、私の一番大切な友達ですっ!」


 頭が、真っ白になった。 そうして、お題の合格を判定員に下された私は真衣と共にゴールテープを切り、赤組Bチーム一位の座を獲得した。 それからトラック内部のゴール付近に立てられていた一位の旗の元へと移動し、その場所に腰を下ろした私は、同じく私の隣に腰を下ろした真衣と改めて顔を合わせた。

 喧嘩した日からそれほど日にちも経っていないというのに、ずいぶんと長い間、真衣とすれ違っていたような錯覚さえある。 そう感じてしまうほど私たちは、日々の繋がりを持っていたのだろう。


「真衣、どうして私の事、友達だって言ってくれたの? 私の事、怒ってるんじゃなかったの?」


 そして私は、今でも真衣があの場で私の事を一番の友達だと言ってくれた事が信じられなくて、率直に真衣に問いただした。


「――千佳、ちょっとおでこ出して」

「えっ、おでこ? なんで?」

「いいからっ」

「う、うん。 これで良い――っ?! 痛っ!」


 出し抜けにおでこを出せと言われ、仕方なしに前髪を手でかき上げてまもなく私の額を襲ったのは、真衣のでこピンだった。


「えっ?! えっ?!」

 痛みとしてはそれほど強くはなかったけれど、真衣の不可思議な行動に翻弄されてしまった私は、ただただ困惑した。 そして真衣は「ほら、千佳も」と言って自分の前髪を両手でかき上げ、額をあらわにした。


「えっ、どういう事?」

「いいからっ!」

「わ、わかったよ」真衣に言われるがまま、私は彼女の額にでこピンを放った。


「っ~~!! ……千佳がでこピン強いのすっかり忘れてたよ」


 真衣はいったい何をたくらんでいるのだろう。 未だにわからない。

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