第三十三話 大切な人 7
『それでは、体育大会昼の部を開始します。 これから行われる競技は、プログラム十一番、借りもの競争です。 お題となる、借りるものはこの運動場内にあるものです。 選手の方に頼まれたら、観客の皆さんはチーム関係無しに、こころよく協力してあげてください。 それでは第一走者の方はスタート位置に付いてください』
いよいよ借りもの競争が始まろうとしている。 当高校の借りもの競争は、二〇〇メートル――すなわちトラック一周分を四走者で走るリレー方式となっていて、出場するのは赤組白組それぞれ二組ずつの計四組。 走者は、五〇、一〇〇、一五〇メートル地点でバトン替わりのたすきを受け取る。
走者交代地点には、借りものが正しいものかどうかを判定する判定員の先生が配置されており、走者はお題の紙と借りたものを判定員に提示し、判定員に合格を言い渡されてようやく次の走者にバトンタッチ出来る。 ゴールもその形式だ。
本競技の肝となるお題の書かれた紙は、二五、七五、一二五、一七五メートル地点それぞれに設置されている折り畳み式の長テーブルの上に置かれている。
どのお題を取るかは走者の自由で早い者勝ちだけれど、お題の内容は中身を確認するまでは誰にもわからないから、いの一番にお題の紙を獲得出来たからといって最初にお題をクリア出来るとは限らない。 だから予行練習では唯一練習の出来なかった競技であり、足の速さが順位に直結しない事から、一人二種目以上参加のルールを果たす為に足の遅い私がこの競技に選ばれたのだ。 しかも何の因果か三輪車リレーと同様、アンカーとして。
そしてこの競技、借りもの競争は、プログラムの冊子にも書いてある通り『借り物』ではなく『借りもの』と表記されている。 初めは漢字変換をし忘れたものかと思っていたけれど、玲先輩や双葉さんの話を聞いて、その名前のからくりが判明した。
『借り物』が『借りもの』と表記されている理由、それは、借りるものが『物』だけでなく『者』も含まれているから。 つまり、人がお題として出る可能性もあるという事だ。
一般的には『眼鏡を掛けている人』などの、その人が装着している物に焦点を置いたお題や、『国語の先生』などの特定の教科を受け持っている先生を対象にしたお題が定番だけれど、お題を作成する生徒の悪ふざけで『格好いい男子』だとか『かわいい女子』だとか、挙句の果てには『好きな人』だとかの浮ついたお題が含まれる事もあるようだと、どこかで耳にした覚えがある。
恥ずかしい事には変わりないけれど、『好きな人』以外のお題くらいなら何とかこなせる気はする。 格好良い、かわいいなんて感覚は人によってそれぞれだし、それこそ友達を選べば、その友達も悪い気はしないだろうし、お題も早くクリアする事が出来て一石二鳥だ。
もし『格好良い男子』というお題が出たら、三郎太くんを連れて行こう。 本当はユキくんを選びたい気持ちもあるけれど、今は敵同士だし、全校生徒の前でユキくんと一緒に手を繋いで走る(借りるものが者であった場合、走者と借りられた人は手を繋がなければならない)なんて私の度胸では土台無理な話だ。 そういう点で言うと、三郎太くんは私にとって取っつき易い人物だと言える。
彼とは昨日今日の仲では無いし、私の中では彼は異性の中で一番打ち解けやすいタイプだったから、今更気を使う必要だって無い。 必ずしもそうしたお題が当たる訳じゃあないけれど、いざその立場に置かれた時に右往左往してビリにでもなった日には、上級生たちに非難の目で蔑まれる事請け合いだろうから、少なくとも三郎太くんが私と同じ赤組で居てくれて良かったと心から思う。
でもその方式だと、私は『かわいい女子』を選ぶのに苦労しそうでもあった。 私の唯一の同性の友達である真衣とは現在進行系で喧嘩中だし、となると私の選択肢の中には玲先輩か双葉さんくらいしか残っていなかった。
けれど、あの二人はかわいいと言うよりは綺麗という方がしっくりくるから、ひょっとすると判定員に合格を貰えない可能性だってある。 もしそうなってしまった場合に、私の選んだ人が双葉さんだったなら、彼女は判定員に取っつきかかりそうで余計に怖い。 かと言って、赤組の女子の中から誰かを選んで一緒に来てくれなんて事を言う度胸は私には無い。 どうしよう、困った。
『それでは位置について、よーい――』
あれこれ考えている内に、いよいよ借りもの競争がスタートしてしまった。 ――いや、度胸が無いだ何だって自分の弱さを言い訳に後ずさりしている場合じゃない。 いくら『借りもの』でも、絶対に人がお題に出る訳ではないし、万が一にそうしたお題が出てしまったとしても、がむしゃらになってでも私はそのお題をクリアしなければならない。 だってこれは私一人の問題じゃなく、赤組というチーム全体の勝敗にかかわる問題なのだから。 玲先輩も応援すると言ってくれた。 ここで頑張らないでいつ頑張るんだ、私!
両の頬っぺたを両手で軽く叩いて気合を入れ直した私は、一五〇メートル地点でたすきを待った。




