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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十三話 大切な人 5

「うーん、確かに仲は良いと思うけど、あの子って結構冗談じゃ済まされないデタラメを言う癖があってね、この前も『次の体育は運動場だって』って双葉に言われて運動場で待ってたら、本当は体育館で授業だったみたいで、私だけ遅れて叱られたんだよ。 そのくせ双葉は『私はトイレ行ってから行くから先行っててー』なんて言って、自分だけちゃっかり体育館で待機してたし」


 血は争えない、とでも言うべきか、三郎太くんのお姉さんなだけあって、双葉さんは彼みたいに冗談を本当のように取りつくろう性質があるようだ。 ひょっとすると、三郎太くんみたいに、じゃなく、そうした双葉さんの理不尽を幼い頃から間近でこうむってきたからこそ、彼にその性質が受け継がれてしまったのかも知れない。 私は「それは大変でしたね」と玲先輩の心中を察した。


「ほんと大変なんだよ。 しかもこういう風に騙されたのって一回や二回じゃ無いし、さすがに授業の遅刻は印象が悪いから、その授業中に私が双葉を怒って、双葉も黙ってはいそうですかって聞き入れるほど素直じゃないから、あーだこーだって言い訳してくるんだよ。 そうなると私も意地になっちゃってね、しまいにはこう言ってやるんだよ『双葉なんてもう知らないから』ってね」


 しくも玲先輩は、私と似たような言葉で相手を突き放して喧嘩別れをした経験があるらしい。 でも、体育大会の練習の時には喧嘩している風には見えなかったから、その頃にはすっかり仲直りしていたのだろう。 だったら玲先輩は、その状況からどうやって双葉さんと仲直りしたのだろう。 そこに私が真衣と仲直りする鍵が隠されているかもしれない。


「玲先輩はその後どうやって双葉さんと仲直りしたんですか?」

 少し体を前のめりにして、私は先輩の顔を覗きこむようにたずねた。


「双葉が私に謝ってくるまで、ずっと黙って待ってたんだよ」


 その答えは、私にとっては意外なものだった。 玲先輩の性格上(と言っても、先輩の性格を語れるほど私は先輩の事をよく知らないのだけれど)、ふところの広そうな先輩の事だから、当時は何だかんだ冷たく突き放しても、時間が経つにつれて相手の事が気に掛かってきて、最終的に玲先輩の方から相手に声を掛けて容赦してあげるというイメージがあったけれど、玲先輩の返答はそのイメージとはまったく真逆の答えだったから、ちょっと驚いた。


「じゃあ、もし双葉さんがいつまでも謝ってこなかったら、玲先輩は双葉さんの事、許すつもりは無かったんですか?」


「うん、だってその件に関しては私に落ち度はまったく無いし、双葉に対して怒った時もなるべく感情的にならずに自分なりに正論突きつけたつもりだったからね。 そもそもあの子が反論してくる事自体が間違ってるし、だからこそ私の方から謝るつもりなんてこれっぽっちも無かったよ」


 玲先輩は微笑をこぼしつつそう言い切った。 先輩は、怖くなかったのだろうか、双葉さんと友達でいられなくなる事を。 でも、その件がいつの時期に発生したものかは分からないけれど、先輩が『この前』と表現していた通り、割と最近の話だったのだろう。


 そして、体育大会の練習の時点で玲先輩と双葉さんは既に仲良さげに冗談を言い合っていた。 という事は、玲先輩の思惑通り、双葉さんの方から玲先輩へ謝罪を果たしたという事になる。 だとすると、双葉さんは自身のどういった気持ちに動かされて玲先輩へ謝罪する決意に至ったのだろう。 今度はその辺りが気に掛かってきた。


「それで、双葉さんは玲先輩に謝りに来たって事ですか」

「うん、次の日の朝、登校するなり私の席に寄ってきて、素直にごめんって謝ってきたよ」


「……どうして双葉さんは前日にそれだけ反論しておきながら、次の日になって玲先輩に謝ろうって思ったんでしょうか」


「んー、それは私には分からないけど、多分家に帰って一人になって冷静になった時に自分のしでかした事の大きさに気が付いたんじゃないかな」


「そういう、ものなんでしょうか」

「あくまで私の予想だけどね。 でも、そこまで的外れって事も無いと思う。 現に古谷さんも、当時は相手の事を許せなかったからこそ怒鳴っちゃったみたいだけど、今でもその子の事は許せずにいる?」


「いえ、その日のうちにあの子の事は許してました」

「じゃあ、古谷さんがその子の事を許した理由は何だったの?」


「それは、その、やっぱり、いくら相手の言い方に問題があったとしても、私がもう少し我慢強ければこんな事にはならなかったと思うし、私にも落ち度はあったんだろうなと思ってたら、私は何であんなつまらない事で怒っちゃったんだろうって後悔して、気が付いたらあの子に対する怒りは完全に消えてました」


 私が真衣を許した経緯を語り終えると、玲先輩は「なるほどね」と相槌を打ちながら優しくにこりと微笑ほほえんだ。


「別に、誰かに対して怒る事は悪い事じゃないよ。 怒りだって立派な人間の感情の一つだからね。 でも、一概に怒るって言っても、ただ単に感情の任せるままに相手を怒鳴り散らすのと、理性を残しつつ自分の怒りの本質を正しく相手にぶつけるのとでは、まったく話が変わってくるんだよ」


 玲先輩の伝えようとしている事は理解出来る。 先ほど彼女が明示した二つの怒りの種類の内、前者がまさに私で、後者が双葉さんをたしなめていた時の玲先輩だ。 私は無言でうなずきつつ、玲先輩の言葉に耳を傾けた。


「ただ怒るだけなら子供にだって出来るけど、怒りを保ったままその怒りを言葉にして相手に的確に伝えるっていうのは、聞いてる分には簡単に聞こえるけど意外と難しいものなの。 私だってさっき格好付けて感情的にならずに正論を突きつけたなんて言ったけど、私の言葉で双葉を怒らせちゃった以上、きっと私自身も気付かない内に感情的になっちゃってたんだと思う。 今更私が改めて言うまでもないと思うけど、それくらい怒りのコントロールってのは難しいんだよ」


 玲先輩ほどの人でも怒りをコントロールするのは骨が折れるのだから、私みたいな未熟極まりない人間に制御が効くわけが無い。 だからこそ私は真衣を怒鳴ってしまったのだから。


「けどね、コントロールは難しいけど、それならコントロール出来るまで怒りの質を抑えてやればいいんだよ」

「怒りの質を、抑える?」


 聞き慣れない言葉が出てきたものだから、私はその言葉を抜き取って反復した。

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