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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十三話 大切な人 4

「――はぁ」


 知らずのうちに口から漏れた、大きな溜息。 今は昼休憩の真っ只中、私は一人、運動場と中央中庭とを繋ぐ階段に腰を下ろしていた。 気温は朝より上がっていて、少々蒸し暑さも感じ始めたけれど、私の座っている場所はいい具合に校舎の影になっていたので、汗を掻くほど暑くは無かった。

 ただ、汗は掻かないけれど、私は泣きべそをかきたくなるほどに心が弱ってしまっていた。


「真衣、まだ怒ってるだろうなぁ」

 体育座りで体を縮こまらせながら、私はぽつりと呟いた。


"もういいっ! 真衣なんて知らないっ!"


 私はあの日、はじめて真衣を怒鳴ってしまった。 恐らく普段通りの私なら、ムキにはなりつつも、最終的に笑って真衣のからかいを受け流せただろうと思う。 でも、二学期が始まってからの席替えやら体育大会のチーム分けやらでちょっと精神が不安定になっていた私に、彼女のからかいを受け流す余裕なんて無かった。


 ――いや、多分それだけじゃない。 きっと私は、席替え以降ユキくんとこれ見よがしに仲良くしている真衣の事を、嫉妬を通り越し、心のどこかで憎んでしまっていたのだ。 せっかくこの間この件について玲先輩に話を聞いてもらったというのに、結局私は自分自身の醜い感情を抑える事も出来ず、最悪なタイミングで私の鬱憤うっぷんを爆発させてしまった。


 あれから真衣とは一言も口を聞いていないし、SNSの方も音信不通だ。 ひょっとすると彼女はもう私の事なんて見限っているのかもしれないと思うだけで、お腹の辺りがキリキリと痛む。 お昼に食べたお弁当が、今にも胃から逆流しそう。


 私は馬鹿だ。 私にとってたった一人の同性の友達を、私は私の感情の任せるがままにないがしろにしてしまった。 きっと真衣は、私の事を嫌っているだろう。


「――はぁ」

「どうしたの? 溜息なんかついて」

「えっ?」


 突然後方で声がして、私は慌てて声のした方を振り向いた。 そこに居たのは、玲先輩だった。


「……玲先輩」消え入りそうなか細い声で、私は彼女の名を呼んだ。

「隣、いい?」いつぞやのように、先輩はわざわざ断りをいれてくる。

「はい」私の返事を聞いた後、先輩は私の右隣に腰を下ろした。


「んー、今日はいい天気だよねー」

 玲先輩はそう言いながら、両手を組んだ状態で腕を目いっぱい青空目掛けてかかげ、背伸びをしている。


「昨日まではあまり天気が良くなったですけど、今日は快晴で良かったですね」

「うんうん。 それで、君の心は晴れてないみたいだけど、もしかしてさっきの三輪車リレーで一位取れなかった事、後悔してる?」


 やはり先ほどの溜息で、玲先輩には私の心の暗いのをすっかり見抜かれてしまっていたらしい。


「確かに、あの競技で一位を取れなかった事はそれなりに悔しかったです。 でも、私が後悔してるのは、それじゃないんです」


 そう切り出して、私は体育大会前に真衣と喧嘩してしまった事を玲先輩に明かした。


「――なるほどね。 君の話からすると、その平塚っていう子の言い方にも問題があったのかも知れないけど、君も教室内でその子を怒鳴っちゃったのは良くなかったね」

「やっぱり、そうですよね」


 玲先輩に改めて私の行動について言及され、更なる罪悪感が私を襲った。


「でも、これだけ毎日顔を合わせてたら、喧嘩の一つや二つくらいするもんでしょ。 私もしょっちゅう双葉と喧嘩してるし」

「そうなんですか? 玲先輩と双葉さんってとっても仲良さそうに見えますけど、喧嘩とかするなんて意外です」


 三郎太くんのお姉さん――双葉さんとは、体育大会の練習の時に初めて顔を合わせた。 彼女も私や玲先輩と同じ、赤組だったのだ。 以前から双葉さんの存在は知っていたけれど、実際面向かって見ると、私は彼女の迫力に気圧けおされて、その場から逃げ出してしまいたくなるほどに怯えてしまった。


 頭髪検査はどうしているのだろうと思ってしまうほどに明るい茶の髪色、明らかに化粧で整えられた顔(眉毛は私の半分くらいの細さで、とてもきりっとしている)、威勢よく肩までまくり上げた半袖の体操服に、わざわざ膝下辺りまで捲り上げられた長ズボン、何故だか靴下は履いておらず素足のまま運動靴を履いていた。

 そのほか、玲先輩と話している態度や、女子にしてはちょっと荒っぽい口調などから推察して、言い方は悪くなってしまうけれど、双葉さんは不良の人だった。


 その昔――私の中学時代、私が相手の目を見すぎてしまう癖に悩んでいた頃、当時一年生だった私は、たまたま対面してしまった三年生の女子の先輩と目を合わせてしまい、案の定私は先輩から目を逸らす事が出来なくなってしまって、先輩からひどい恫喝どうかつこうむった過去がある。 その先輩も、学校内では有名な不良だった。


 確かに私も、用も無いのにその先輩の目をじっと見続けてしまったものだから、そうした私の癖に関する事情を何も知らない先輩にしてみれば、私は一年生のくせに上級生をにらみつける不遜ふそんやからに違いなかったのだろう。 だからこの件については完全に私に非があったのだと、当時はそう自分に言い聞かせていた。


 しかし、その事が原因で私は未だに、風紀の乱れた、どことなく威圧感を覚えさせる、いわゆる不良という人に対して、拒否反応と言うべきか、苦手意識をいだいてしまっている。 当然、双葉さんも例外ではなかった。


 でも、いざ双葉さんと接してみると、意外と物腰は柔らかく、不良っぽい雰囲気とは裏腹に体育大会の練習にも至って真面目に取り組んでいて、そうした彼女のギャップなるものを感じている内に、知らぬ間に双葉さんへの苦手意識は消え去っていた。


 とは言うものの、いざ双葉さんと喧嘩してみろと言われたら、私は彼女に背を向けて裸足はだしで逃げ去るだろう。 双葉さんに対する苦手意識は無くなったけれど、不良という存在そのものを克服した訳では無いのだから当然だ。


 そして、その双葉さんとしょっちゅう喧嘩をしていると言う玲先輩を、ただただ凄いと思った。 凄い、としか形容できない私の表現力の稚拙ちせつさは十分理解しているつもりだけれど、たとえ同級生であっても私は、不良気質の人と喧嘩なんて出来る気がこれっぽっちもしない。 だから、玲先輩は私にとって、凄いのだ。

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