第三十三話 大切な人 3
昼前の三輪車リレーは、一位白組Bチーム、二位赤組Aチーム、三位赤組Bチーム、四位白組Aチームという結果に終わった。 それからアナウンスで体育大会実行委員が、これから昼休みに入ります、一時間後に体育大会昼の部を再開するので各自遅れないように集合して下さい、という旨を全校生徒に伝えて一時解散となった。 僕達白組三人は昼食を求めて運動場から直接食堂へ向かった。
「いやー、速かったな千佳ちゃん、一位は逃してもたけど、三位から一人抜かして二位とかやるやんけ」
「ほんとね。 さすがアンカーを任されただけの事はあるよ」
「うんうん、私達の目の前に来た時は思わず応援しそうになっちゃったよ」
昼前の三輪車リレーは僕達白組が一位を獲得出来たので、本来はその件についての話題で盛り上がらなければならないのだろうけれど、僕達は白組が一位を獲得したという輝かしい成績そっちのけで、古谷さんのプレーを賛辞していた。
「それにしてもサブと千佳ちゃんの姿が見えんけど、あの二人はどこにおるんや?」
「三郎太は、古谷さんが教室で弁当食べるからって食堂でパンだけ買って教室に戻ったみたいだよ」
竜之介は気が付いていなかったみたいだけれど、僕が昼食用のパンを購入していた時、隣のレジに三郎太が現れて、久しぶりにみんなと一緒に食べたいけれど、古谷さんが教室で弁当を食べると言っていたから、一人にするのも可哀想だし、パンだけ買って俺も教室に戻るよ。 という事だけ僕に簡潔に伝えて、そそくさと食堂を後にしていたのだ。
「ほぉ、そうやったんか。 最近やかましいサブがおらんでせいせいしとったけど、おらんかったらおらんかったで調子狂うし、明日からまたみんなで集まれたらええけどな」
普段は何彼につけて喧騒的な三郎太を些か疎ましく思っている竜之介だけれど、いざ彼が傍から居なくなるとやはり落ち着かないらしい。 かくいう僕も、隣に居るのが当たり前になっていた三郎太とここ数週間のあいだ食堂で一緒に昼食を食べていないだけで、物悲しさというか、寂しさというか、いわゆる一種の哀愁なるものを胸の内に覚えてしまっていた。
あの竜之介でさえそうした感情を抱いているのだから、平生より三郎太の発している存在感というものは僕達が思っている以上に巨大なのだろう。 そこに居るだけでオーラなるものを感じさせる竜之介ならばともかくとして、到底僕の中には備わる筈もない性質だ。
「でも、千佳が食堂に来ないのはやっぱりまだ私の事で怒ってるからなのかな」と平塚さんは弱々しい声調で呟いた後、口に運んでいた箸を止めて俯いた。
昨日古谷さんは、僕とのSNSのやり取りの中で平塚さん及び例の諍いの件については一切触れていなかったけれど、そうした彼女の態度に鑑みるに、やはり先に平塚さんの語った通り、古谷さんは未だ彼女の事を容赦し切れていないように思われる。 人一倍思いやりのある古谷さんの事だから、平塚さんとの軋轢に耐えられなくなって自分から謝罪を果たすだろうと当初は予想していたけれど、そうした行動が見受けられないところを見るに、今回の諍いで発生した平塚さんとの溝は古谷さんにとっては相当深いようだ。
「話を聞く限りやったら、いくら原因が平ちゃんにあったとは言え、先に怒ってもたんは千佳ちゃんの方やし、あっちはあっちで結構気まずいんかも知れんな。 それに、多分千佳ちゃんもとっくの昔に平ちゃんの事は許しとる筈やけど、千佳ちゃんの性格上、自分があんな剣幕に怒鳴り散らしてもたから、未だ平ちゃんが怒っとると思とるかも知れんから余計に言い出しづらいんやろな」
「だったらやっぱり、私の方から謝ってあげないとかわいそうだよね」
「出来ればそうしたった方が千佳ちゃんも助かるやろな。 まぁ今すぐじゃなくても平ちゃんの言いよった通り、今日の体育大会が終わってからでも十分ちゃうか」
「うん、そうだね。 ――よし、決めたっ! 体育大会が終わったら真っ先に千佳の所に行って謝ってくるよ!」
竜之介の真摯なアドバイスを受け、平塚さんは改めて謝罪の決意を固めたようだった。 しかし今回も僕は平塚さんにこれといった言葉を掛けてあげられなかった。 何も考えていなかった訳ではないけれど、どの思案も竜之介の一つ一つの言葉よりずっと劣っていて、下手にそれを発すると、せっかく決意の固まった平塚さんに悪影響を及ぼしかねなかったから、ここは大人しく口を噤んでおいた。
それにしても、最近の竜之介と平塚さんの会話で気が付いたけれど、竜之介は結構聞き上手なところがある。 それも聞くだけでなく、相手に悪いところがあれば悪いとはっきり伝えた上で、ではこれからどうすれば良いのかという事を的確にアドバイスしているのだから尊敬に値する。
やはり女性は、こうした包容力のある男性に惹かれるものなのだろう。 僕でさえ彼に魅力を感じてしまっているのだから。 僕は竜之介の男らしい場面を見る度に胸がズキリと痛んだ後、彼という人となりをひどく羨望してしまう。
僕も、彼のように男らしく生まれたかった、と。




