表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第一部 僕と私(ぼく)
22/470

第十話 追憶 4

「オヨメさんはね、いつもかわいくないとダメなんだよ。 だってダンナさんはオヨメさんが世界で一番かわいいと思ってケッコンするんだから。 だから、優紀くんがオヨメさんになるんだったらもっとかわいくならないとダメ」


 オヨメさんはくあるべしと語り終えた後、彼女は一体全体何を思ったのか卒然と僕の半ズボンに手をかけ、あろう事かそのまま下へ引っ張って脱がせ始めました。


「な、なにしてるの正美ちゃんっ?!」

 当然僕は、半ズボンを脱がされまいと必死に抵抗しました。


「だってオヨメさんがそんな格好してたらかわいくないでしょ。 ほら、脱いで」

 僕は彼女に言われるがまま、されるがままに、ついに半ズボンを脱がされてしまいました。


「恥ずかしいよ」


 とても羞恥を感じました。 よもや同級生の女児に無理矢理ズボンを脱がされてしまうという仕打ちを受けるとは思ってもいませんでしたので、恥ずかしさのあまり泣いてしまいそうにもなりました。


 幸い、僕の通っていた幼稚園の男児の制服の上着は女児のワンピースドレス丈に合わせた造りになっていまして、その丈長仕様のお陰で半ズボンが脱がされた今も下着が見えてしまうという事態は回避できていました。 つまりこの時の僕の格好は女児の制服同様、ワンピース調になっていたという訳です。 しかし、これが彼女の、女の子の言うところの「かわいい」なのでしょうか。 僕にはまだ理解出来ません。


「じゃあ次は髪型ね、ちょっとそこに座ってて」


 僕は彼女の言葉に従い、上着がまくれて下着が見えてしまわないよう割座で座っていました。 すると彼女は自身の髪を縛っていたヘアゴムを外し、それで僕の両側頭部付近の髪の毛を耳の上辺りに束ねて縛り終えた後、次のような事を言いました。


「あ、優紀くんかわいいー」


 どうやら僕は今、彼女の目から見て「かわいい」らしいのです。 自分ではその具合がよく分かりませんでしたので、教室内の壁に設置された大鏡の前に小走りで移動し、そして、思わず感嘆を漏らしてしまいました。


「……これが、僕?」


 鏡に映っていたのは僕ではなく、ぼくでした。

 薄々自覚はしていましたが、どうも僕は女の子のような風貌をしているらしく、近隣の人や、それこそ家族にもその風貌を茶化された経験がありました。 そうは言っても、所詮まだ思春期にすら到達していない幼子の風貌などは未完成この上なく、何かしらの加減でそう見えてしまったのだろうと、僕はその言葉にとりわけ執着する事もなく聞き捨てていました。


 しかし、今僕の目の前にいる、彼女の言うところの「かわいい」に彩色されたぼくは、今し方彼女がぽつりと漏らした言葉通り、なるほど女の子に相違ありませんでした。 ありのままを伝えるなら、僕はぼくに見惚れていたのです。 それからしばらく僕は、大鏡の前でぼくを堪能していました。


 両手を目一杯広げながらその場でくるりと一回転してみたり、どこかで見た事のあった、スカートの両裾りょうすそを指でつまみ、下着が見えてしまわない程度にスカートを軽く持ち上げる動作(カーテシーという挨拶の一種のようです)をやってみたり、そうした女の子らしい動作をしている内に、不意に天佑てんゆうを下されたような気がしました。 僕は、捜し求めていたピースの二つ目をようやく見つける事が出来たのです。


 女の子とは、身形みなり仕草が可憐であること。


 軽い羞恥は受けてしまいましたが、その程度でピースを見つける事が出来るのならば、僕は丸裸にだってなってやります。 要するに、今回僕の受けたはずかしめなど、新たなピースを発見したという対価と比較すれば実に瑣末さまつな問題でした。 そして、この嬉しさを誰かと共有したくてたまらなかった僕は大鏡の前を去り、再び彼女の元へ小走りで向かいました。


「ねぇ、わかったんだよ。 男の子と女の子の違い」

「ほんと? 教えて教えて」

「あのね、女の子ってのはね、格好とかしぐさがかわいいから女の子なんだよ」

「なーんだ、そんなの当たり前の事じゃない」


 意外にも彼女は、僕と同じピースを既に持ち合わせていたようでしたが、ではなぜあの時、彼女に男と女の違いをたずねた際にその答えを教えてはくれなかったのでしょうか。 彼女の対応にはどうにも納得が行きませんでしたので「知ってたなら教えてよ」と不満げに僕が言及すると、彼女は実にあっけらかんと次のように言い放ちました。


「だって、女の子がかわいく見られたいって思うのは当然の事でしょ? だから言う必要が無いと思ったの。 優紀くんは男だから分からないでしょうけど、女の子ならみんな、好きな男の子の気を惹きたくて、そう思ってるはずだよ」


 どうやら今回見つけたピースを持ち合わせているのは僕だけではなく、女の子全員が「当たり前に」内包しているものらしかったのです。 これだけ苦労して探し出した二つ目のピースを、女の子は至極当然に持ち合わせているという事実は、少なからず僕の心に一種の悔しさにも似た念を覚えさせましたが、それと同時に、その当たり前は男である僕が持ち合わせている筈もない感覚だったと、きっぱり認めました。 当然でしょう。 だって僕は男であり、女ではないのですから。 男である僕が他の男性から可憐に見られる必要性などどこにもありませんでしたので、変に意固地になる必要性も無かったという訳です。


 けれども、ひょんな事から僕はぼくに変身させられて、そして彼女に面向かって「かわいい」と言われた時、生まれて初めての感覚を胸の辺りに感じたのは、まぎれもなく隠しようもない事実でした。 恐らくあの感覚こそが次のピースに違いないと、僕は信じて止みませんでした。


 ちなみに家に戻ってから例によって、幼稚園の時とまるっきり同じさまぼくに変身して父母に見せてやりましたが、思いのほか好評を受けたので、どうやら父母の求める「女の子」にまた一歩近づけたようでした。


 とある日も、してその翌日あくるひも、僕はまた一心にピースを探し求めます。

 その行為が自らを破滅に導く行為だとも知らずに、のうのうと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ