第三十三話 大切な人 1
翌週。 いよいよ体育大会本番の日がやってきた。 天候は朝から雲一つ無く、視界の許す限り空の青の果てしなく続く見事なまでの秋晴れ。 暑過ぎず肌寒くもなく、湿度も快適。 体育大会を行う上での日和としては上々だ。
全校生徒は体操服に着替え、自身が教室で使用している椅子を運動場へと持ち運び、それぞれのチームの所定の位置に椅子を設置した後、開会式を行う為にトラックの中心部に集合した。 全校生徒の総人数は忘れたけれど、覚えている限りでは五百人近くは居た筈だから、こうして運動場に全校生徒が集まってみると、その人数の多さが如実に窺える。
開会式ではまず校長先生と、生徒会長である三年生の男子生徒がそれぞれ開会の挨拶を済ませた後、赤組と白組の代表者が壇上の前方に設置された一本のスタンドマイクの前に立ち寄り、透徹な青空に響き渡る小気味好い選手宣誓を果たし、体育大会の幕が上げられた。
次に体育大会実行委員の指揮の下、全校生徒による準備運動を兼ねたラジオ体操が行われた後、各生徒は自分の座席へと戻った。 自身の出場するプログラムがあるまではその場所で待機となる。 僕と平塚さんはプログラム一番の学年混合リレーに出場する為その場に残り、実行委員の指示に従って競技の準備に入った。
「初っ端のリレーとか一番緊張するやつだよ……」
僕の隣に居た平塚さんがそう呟きながら空を仰ぎつつ、浮かない顔をしていた。
「しかも平塚さん第一走者だもんね。 でも練習では調子良かったし、変に気負わずに練習どおりやればうまく行くでしょ」
「それが出来ないから緊張してるんだってばー。 っていうか綾瀬くんはぜんぜん緊張してなさそうに見えるけど、もしかしてこういう時に緊張しない人?」
「うーん、特に意識した事は無かったけど、そう言われてみるとこういう場面で緊張した事はあんまり無いかも」
「えー、いいなぁ。 まぁ私がスタート出遅れても第二走者の綾瀬くんがきっと巻き返してくれるよねっ」
「はは……そうやって期待されると逆に緊張するかも」
そうしたやりとりを交わしつつ、僕達は所定の位置に移動し、自分の出番を待った。 学年混合リレーに出場する組は赤組と白組から二組ずつの都合四組、僕達は白組Aチームだ。 人数割り当ては各学年から男子二人女子二人の四人が選出され、三学年合わせて一組十二人、計四八人がこのプログラムに出場する。 走行距離は全走者一律一〇〇メートルだから、特に余力を気にせずに全力で走り抜ければ良い。
獲得ポイントは一位が群を抜いて高く、一位さえ取れれば残りの味方の組が三位以下であろうとも点数に差をつけられる事は無い。 逆にワンツーフィニッシュを決めれば大幅に点数を引き離せるから、やはり上位入賞は果たしたいところだ。
『それではプログラム第一番、学年混合リレーを始めます。 第一走者は位置に着いて下さい』
体育大会実行委員の女子がマイクを通じてプログラムの進行を行っている。 実行委員の指示通り、僕達偶数走者の真反対側に居た第一走者たちはトラックの中に移動した。 その中には三郎太も居た。 平塚さんと喋っている時には気が付かなかったけれど、どうやら三郎太もこのリレーの選手として選ばれていたようだ。 彼は諸々の運動神経だけでなく足も速いから、味方で居てくれれば頼もしいけれど、いざ敵となるとこれほど手強い相手もいないだろう。
「スタートしっかりなー中野ー!」
「美佳頑張れーっ!」
偶数走者の一部の生徒たちが第一走者へ向けてエールを送っている。 僕も平塚さんにエールを送ってやるべきだろうかと考えたけれど、生憎第一走者の並ぶレーンまでの距離は遠く、僕の声量では他の人の声に掻き消されて向こうまで声が届かないかも知れない。 それでも同じ仲間がこれからスタートを切ろうとしているのだから、応援してあげたいという気持ちは勿論ある。 だから、
「平塚さんがんばってっ!」
僕が発せられる最大限の大声で平塚さんにエールを送った。 すると、平塚さんが体をこちらへ向けたかと思うと、バトンを持っていない方の手でサムズアップの形を作り、笑顔で反応してくれた。 果たして彼女が僕の声に反応してそうしたサインを返してくれたのかは判然としなかったけれど、平塚さんがこちらを振り向いた時、遠距離ながら不思議と彼女と目が合ったような気がしたから、僕の声は届いていたと思いたい。
『それでは位置に着いて、よーい――』
耳を劈くスターターピストルの乾いた破裂音と共に、体育大会最初のプログラムが始まった――




