第三十二話 触発 13
[大丈夫だよ。私の知ってる限りでも三年の中で下級生相手に文句言う人なんていないと思うし、もしそんな事してくる人がいたら同じチームの私とか双葉が助けてあげるから、君さえ良かったらアンカー役引き受けなよ。君にとっても良い刺激になると思うし、アンカーなんて格好いいじゃん。]
出来る限りの助言は果たした。 あとは、彼女次第だ。 既読はたちまち付いたけれど、未だ悩んでいるのか、しばらく返信は来なかった。 それから十分ほど経過したのち、ようやく彼女からの返信が返って来た。
[玲先輩がそこまで言うなら頑張ってみます!]
どうやら古谷さんの抱えていたであろう恐怖は取り除けたように思われた。 私は少し口元を緩めながら彼女への返信文句を打ち込んだ。
[その意気だよ!ちなみに三輪車リレーの点数って体育大会の中でも一二を争う高得点だから頑張ってね。]
今になってこの情報を伝えるのは、少し意地悪だったかも知れない。
[え~?!今更そんな重要な情報付け足さないで下さいよ~!]
案の定彼女の決意を鈍らせてしまったようだ。
[じゃあ、アンカー断る?]
[いえ、得点が高いからこそ私が上位に入賞できたら赤組に貢献できるって事ですよね。玲先輩達は今年最後の体育大会だし、お互い頑張って優勝狙いましょうよ!]
その文章を見た途端、覚えず私は「ふふっ」と失笑を溢した。 いつぞやの時は古谷さんに対して引っ込み思案だなんてマイナスイメージを抱いてしまっていたけれど、一度懐に入ってしまえば何て事は無い。 頼もしささえ与えられるほどの活力を見せ付けてくれる。 ひょっとすると、彼女のこうした活力の根源は、生意気くんなのかも知れない。 そう思うと、彼も随分成長したなとしみじみ思えてくる。
[そこまで言うんだったらアテにしてるからね。頼んだよ!アンカー役。私も頑張るからさ。]
[はい、玲先輩の為に頑張りますよ!]
[君の好きなあの子の為じゃなくていいの?]
[出来ればそうしたいですけど、今は一応敵同士ですし、今回は玲先輩の味方でいます!]
[頼もしいね、期待してるよ。あとは何の競技に出るの?]
[借りもの競争ですね。私あんまり走るのが得意じゃないので、そういう種目に回されちゃって]
[まぁその辺の競技なら足の速さもそれほど関係無いし、そっちでも上位取れたらいいね。]
[ですね!玲先輩はリレーでしたっけ]
[そうだね、何か知らないけどリレーに関わる四種目に出場する事になっちゃって。]
[すごいですね!玲先輩が走ってる時応援しますから頑張って下さい!]
[うん、精一杯頑張るよ。そういえば古谷さん、前髪切ってたよね。]
[実はユキくんとの花火大会に合わせて思い切って切っちゃったんです]
[なるほどね、良く似合ってると思うよ。あの子も驚いてたんじゃない?]
[一目見た時に、本当に私なのかってびっくりしてました]
――そうしたやりとりが二十三時前まで続き、ちょうど切りの良い時間で話も纏まったので、今日のところはお開きとなった。 程なくして軽い眠気もやって来る。 普段ならこの時間帯にはまだ目は冴えているのだけれど、どうやら連日の体育大会の練習の所為で身体が休息を欲しているらしい。
古谷さんがアンカーを頑張ると張り切っているのだから、私も負けていられない。 下手な夜更かしは体に障る。 体育大会が終わるまでは二十三時過ぎに寝て体力を温存しようと画策した私は、短時間で手早く寝支度を済ませ、床に就いた。
「――玲先輩、か」
暗闇の中、ぼんやりと天井を眺めながら、私はぽつりと呟いた。 中学と、そして高校に進学してからも部活動に入っていなかった私は、先輩後輩という関係とはまったく無縁だった。
後輩という点で言えば、生意気くんも一応私の後輩に当たるのだろうけれど、彼の場合は後輩というか、どちらかというと友達という方がしっくり来る。 恐らくその感覚は、彼が私の事を先輩だと分かっていながら、言いたい事はずけずけと言ってくる生意気さを持っているからだと思う。
けれど古谷さんは、私を慕ってくれているのが分かる。 時折羨望を含んだ目で私を見ているのも知っている。 少しこそばゆいけれど、これが先輩後輩の関係なのだろうという事は感覚で分かった。
この歳になって出来た、はじめての同性の後輩。 そのきっかけを齎したのが彼だと思うと少し悔しい気もする。 でも同時に、感謝もしている。
「私も変わったな。――なんてね」
自らの発言を鼻で笑いつつ、私は心地良い睡魔に抗う事も無く、ゆっくりと瞼を落とした。




