第三十二話 触発 11
二十二時過ぎ。 この時間帯は私にとって一番微妙な時間だ。 何かをやり始めるには遅すぎるし、かと言って、寝るには早すぎる。 普段なら双葉と電話なりメッセなりで駄弁って時間を潰している事が多いのだけれど、今日は新作の映画を見るとか何とかで、二十一時前に振られてしまった。
「誰か話し相手、いないかな」
私は自室のテーブルの上で頬杖を付きながら、テーブルに置いていたスマートフォンを指で操作し、SNSを起動して友達欄を開いた。 それから私は、登録された友達の名前を目で追いながら、下へ下へとスクロールしていった。 私の友達登録数は、ちょうど四十人。 多い人だと三桁くらいあるらしいから、きっと私は少ない方だと思う。
けれど、三桁も友達を登録している人は、本当にその全員と普段から連絡を取り合っているのだろうか。 私には到底そうは思えない。 別に、友達登録数の多さを妬んでいる訳じゃない。 むしろ、連絡を取るにしろ取らないにしろ、実際にそれだけの人たちと関わってきた事は確かなのだから、その類稀なるコミュニケーション能力に賞賛を贈りたいくらいだ。 たとえ、その登録数の十分の一の相手としか連絡を取り合っていなくとも、十分に凄いと言えるだろう。
かくいう私も四十人は登録しているけれど、その中で定期的に連絡を取り合っている人数と言えば、たったの三人。 十分の一にも満たない数だ。 しかもその三人の中の一人は私の母だから、母を除けば二人という事になる。 晴れて二十分の一だ。 そして私が定期的に連絡を取り合っている二人というのは、一人が双葉。 もう一人が――生意気くん。
スクロールしていた画面が、ちょうど彼の連絡先のところで止まった。
ふと、今日の無聊の慰めとして彼に連絡を入れようかと思い立ち、彼のプロフィール画面を開いた――矢先、すぐさま友達欄に戻って、またスクロールを始めた。 どうせ彼は今、古谷さんとやり取りをしている最中だろう。 だから今私がメッセージを送ってしまうと、あの二人に水を差してしまう事になる。 そんな野暮な事はしたくない。
以前彼に、二十一時過ぎから二十三時の間は古谷さんとSNSでやり取りをしていると聞いていたから、私はその時間帯には極力彼にメッセージを送らないようにしていて、その配慮は今日まで続けてきた。 これからもその配慮を怠るつもりは無い。 でも――
「――暇」
しんと静まり返った自室で、私は一人呟いた。 暇だと文句を言ったって、暇を潰せる訳でもなく、余計に虚しくなってきて、今日はもう不貞寝してしまおうかしらと考えていると、不意にスマートフォンが着信メロディと共に振動してちょっと驚いた。 こんな時間から私宛にメッセージなんて珍しいなと訝しみながらも、もしかしたら暇を潰せるかも知れないと少し心が躍った私は、たった今送られてきたメッセージを確認した。
[こんばんは。こんな夜分遅くにすみません。まだ起きていらっしゃいますか?もし寝ていて起こしてしまったのなら申し訳ありません]
画面に表示されていたのは、いやに慇懃な文章と、古谷千佳という相手の名前。 彼女は早速私に何かしらの相談を持ちかけてきたのだろう。 暇を持て余し過ぎて寝ようか寝まいかの天秤が揺れ動いていた私に良い按配でメッセージを送ってきてくれた事に感謝しながら、さっそく彼女への返信文句の作成に取り掛かった。
[まだ起きてたから大丈夫だよ。それと、そんなに固くならなくてもいいよ。今日連絡先交換してた時みたいに普通に話してくれた方が私も話しやすいから。]
古谷さんとまともに会話したのは数えるほどだけれど、お互いに知らない間柄という訳でもないし、今更畏まられるのもちょっと対応に困るから、私は自分が起きていたという旨と、私への堅苦しい気遣いは不要だと彼女へ伝えた。
それから五分ほど待っていると、古谷さんから返信が来た。
[わかりました、そうさせてもらいます]この子も中々聞き分けが良いらしい。
[うん。何なら敬語も使わなくていいからね。]ならばこれはどう受け取るだろう。
[いや!さすがにそれは無理です!]やはり彼女らしい返答が返ってきた。
[まぁそこは君の判断で構わないから。ところで私になにか聞きたい事があったんじゃないの?]
古谷さんが喋りやすいよう適当に場を解した後、彼女が私に連絡を寄越してきた理由を探る為、そう訊ねた。 返事はしばらく来なかった。 言い辛い事だったのだろうかと推察しているうちに、返信が届いた。




