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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十二話 触発 10

「これで良し、と。 そっちもちゃんと登録出来た?」

「はいっ、大丈夫です」

 私は先輩とSNSの連絡先を交換し終えた。


「ほんとは球技大会の時に交換出来ればって思ってたんだけど、あの時携帯持ってなかったし、その後も中々タイミングが合わなくって結局今更になっちゃったけど、改めてよろしくね古谷さん」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。 ……で、いきなり不躾ぶしつけで悪いんですけど、先輩の名前って、れいさんでいいんですか?」


 私は先輩と連絡先を交換した後、SNSに表示されている先輩の名前を見た。 実はこの時初めて私は先輩の名を知って、画面には『坂井 玲』と表示されていた。 名字の坂井さかいは勿論読めたけれど、名前の方はちょっと判別に困った。 一般的に考えてれいと読むのが正しいのだろうと踏んだ私は、先輩に答えを聞いてみた。


「んーん、れいじゃないよ。 私の名前はあきらっていうの」

あきら、さんですか。 れいってあきらとも読めるんですね、知りませんでした」


「漢字の訓読みって意外に知られてない読み方とかあるし、私の漢字は簡単な方だけど、私達の世代は昔の人に比べると当て字だったり難しい漢字が名前に使われてたりするから、一発で名前当てるのは難しいよね」


 人の名前の読みは本当に予測出来ないものがある。 私もユキくんとまともに接するまでは彼の名前を優紀ゆきだと思っていたくらいなのだから。


「それにしても、女性であきらって珍しい名前ですよね」


 男性の名前としてその名を使用している人には出会った事があるけれど、女性としてその名を使用している人にはこれまでに出会った事が無かったから、尚更珍しく感じてしまった。


「そうなんだよねぇ。 私は結構気に入ってるんだけど、どうしても男の人に使われてる名前のイメージが強いみたいで、これまでに何度も名前の読みだけで男だって勘違いされた経験があるよ」


「やっぱりそういう事もあるんですね」

「うん。 小さい頃は男みたいな名前だってからかわれて嫌だったけど、今では名前の読みだけで私の事を男だって判断して、実際会ってみて女だったっていう時の相手の驚きようを見るのが楽しみでもあるよ」


「それはちょっと面白そうですね」

「面白いよー。 その時の顔を写真に収めたいくらい。 君の好きなあの子も、私と会う前に名前だけで私の事を男だって勘違いしててね。 その時の真ん丸な目を思い出したら今でも笑っちゃうんだよね」


 そうして、先輩の名前にまつわる逸話を聞きながら失笑をこぼしつつ、しばらく先輩と談笑を交わした。 それから会話に区切りが付いた頃「ちょっと暗くなってきたし、そろそろ帰ろっか」という先輩の言葉を切り出しに、私達は一緒に校門へと向かった。


「それじゃまたね。 また悩みが出来たら遠慮しないで相談してくれたらいいよ」

「はい。 今日は色々話を聞いてくれてありがとうございました、坂井先輩」


 私達は校門から分かれる丁字路で別れの挨拶を交わした。 すると先輩は帰路にいていた足を止め、急にきびすを返して私の方へと歩み寄ってきて、


「私の事、あきらでいいよ」と私に伝えてきた。

「えっ、でも、二つ上の先輩を名前呼びだなんて」

 私が先輩の名前呼びに躊躇ちゅうちょしていると、彼女は突然お腹を抱えてあはははと笑い始めた。


「ど、どうしたんですか先輩っ」あまりの唐突の大笑に、かえって心配になった私は、先輩の大笑の原因を探ろうとした。


「いや、君の好きなあの子にもさ、私の事はあきらって呼んだらいいって言ったんだよ。 その時にあの子も君とまったく同じ遠慮の仕方してたから、二人して似た事言ってるなーと思ってね」


 先輩の大笑の理由を知った私は、ユキくんと同様の態度を取る事が出来て喜ぶべきなのか、それとも、その事を先輩に笑われて恥ずかしがるべきなのかと分からなくなって、結局愛想笑いでその場を誤魔化した。 そして、


「でも、その話からするとユキくんは先輩のこと、下の名前で呼んでるんですか?」

 先ほどの先輩の言い分から推測すると、そう考えるのが妥当だろう。


「そうだよ。 最初は渋ってたけど、今じゃ普通に『あきらさん』って呼んでるよ」

「なるほど――じゃあ(・・・)、私は『(あきら)先輩』って呼んでもいいですか?」


 一体何の『じゃあ(・・・)』なのかは私にも分からなかったけれど、そうした方がより先輩と親密になれるかと思い、私は彼女にそう提案した。


「君の好きに呼んでくれたらいいよ」先輩はにこりと笑ってそう答えてくれた。

「それじゃあ改めて、あきら先輩、今日はありがとうございました」

「うん、またね古谷さん」


 玲先輩は私に向けて胸の辺りで手を振りながら、再び帰路を歩き始めた。 その後姿が私にとってとても頼もしく映って、私もいつかあんな背中を誰かに眺めてもらえるかなと未来の私を想像しながら、普段より軽やかな足取りで駅へと向かった。


 今日の帰り道は一人だったけど、不思議と淋しくなんてなかった。

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