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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十二話 触発 8

 最近ユキくんは自分の座席で真衣とおしゃべりしている事が多く、めっきり私達の席の方へ立ち寄らなくなってしまったし、私達五人が一堂に会する食堂での昼食の時間も、赤組の昼練習が始まってしまったので都合が合わなくなり、よりいっそう彼との距離が離れてしまった。


 勿論、彼が私の席に来るのを今か今かと待っていなくても、私の方から彼の席に足を運べばいいだけの話なのだけど、恋人同士でも無いのに毎時間毎時間彼の座席に近付いてしまっては他のクラスメイトに妙な詮索をされかねない。


 今更そんな事を気にするのかと思われてしまうかも知れないけれど、私は私なりにユキくんとの関係には気を遣っているつもりでいる。 これまで不必要に彼と距離を詰めないよう気をつけていたし、あくまで『友達』として彼と接していたつもりだ。


 だからこそ、今回の席替えは私にとって致命的だった。 余程の事情でも無い限り私からは彼に近付きにくくなってしまったし、すっかり真衣と意気投合してしまっている彼に私の元まで足を運ばせるのは至難の技だ。


 幸い、夜のメッセのやり取りは今も続いているから、学校であまり話せなくなってしまった分、そこで埋め合わせをするしかないだろう。 ただ、『ユキくん嫉妬大作戦』総督の三郎太くんが言うに、夜のメッセも多少控え目にした方がより効果が出るだろうとの事なので、最近は以前より一時間ほど早めにユキくんとのやり取りを終わらせるようにしている。 その代わり、三郎太くんとやり取りする時間が多くなった。


 本当にこれで良い結果が得られるのだろうかという疑わしさが無い訳ではない。 でも、ユキくんの事を良く知る三郎太くんが、彼を動かすならばこれくらいはしないと駄目だと豪語していたから、少なくとも体育大会が終了するまでは総督の指令に従おうと思う。


「――あ、三郎太くん」

 うつむけていた視線をふいと運動場の方へ向けると、リレーの練習をしていた三郎太くんが目に留まった。 彼は足が速いから、予行練習初日からリレーグループに配属が決まっていた。 走っている生徒の構成を見るに、どうやら今は学年混合リレーの練習中のようだ。


 その中でも彼は上級生と抜かず抜かれずの僅差きんさで首位をり合っている。 私と同じ一年生なのに上級生達と渡り合えるなんて凄いなと思う一方で、アンカー依頼の話をすぐさま受け入れられなかった臆病な私と、臆する事無く何でもこなせてしまう彼とを比べてしまい、再度視線を俯けた。


「――はぁ」

 また、溜息が一つ漏れた。 溜息ばかりついていたら幸せが逃げてしまうと祖母が言っていたけれど、本当にその通りなのかもしれない。 あの席替えの日から、私の溜息は多くなり始めた。 そして私の運勢は、その日から急激に落ち込んでいるような気がする。

 

 ひょっとすると、ユキくんとのデート(・・・)で、私の運を使い果たしてしまったのだろうか。 確かに私にとってあの日はこの上ない極上の一日だったけれど、何もその代償として私とユキくんの席をあそこまで離さなくたって良いじゃないかと、私は運命の神様の意地悪さを恨んだ。


「――はぁ」

 また、運勢が一つ逃げていった。

「どうしたの? 溜息なんかついて」

「えっ?!」


 俯き気味に眺めていた地面の前方から、一つの影がのっと現れた。 私は驚いたと同時に俯けていた顔を上げ、声の主を確かめた。 そこに立っていたのは、球技大会の時にお世話になった、あの先輩だった。

 先輩は私達と同じ赤組で、先週の予行練習の時から何度か姿を確認していて同じチームだという事は既に知っていたから、急に先輩に声を掛けられた事に対しては驚いたけれど、先輩がこの場に居るという事に関しては別段驚かなかった。


「あ、どうも」私は先輩の姿を確認するなり、座ったままぺこりと頭を下げた。

 先輩は私が会釈してから、軽く手を挙げて私に挨拶を返した後、

「隣、座ってもいい?」と私に聞いてきた。

「はい、どうぞ」私の承諾を得てから、先輩は私の隣に腰を下ろした。


「先輩も休憩中だったんですか?」

「うん、ついさっき休憩時間になってね。 喋り相手探そうと思ってぶらぶらしてたら君の姿が見えたから。 で、えらく深刻そうにしてたけど、何かあったの?」


 言うべきか言うまいか――私は悩みに悩んだけれど、このまま誰に話す事も無く心のもやもやをいつまでも蔓延はびこらせているくらいならば、いっその事すべてを打ち明けてしまった方が楽になれそうだという結論に至った私は、「最近ちょっと悩みがあって」と切り出して、ユキくんとの距離感に関する心の内を先輩の前で余す事無くさらけ出した。


「――なるほど。 席替えって学校生活の中でも結構重要なイベントだからねぇ。 これまでまともに喋った事の無い人と席替えで隣同士になったらその縁で親友同士になれる事もあるし、やっぱり席を立たずに喋れるっていうアドバンテージは大きいよね」


 先輩は私の話を聞き終えた後、席替えに関する持論じろんを語り始めた。


「そうですね。 これまでは私の左前の席にユキくんがいたので、休み時間ごとにユキくんが私に喋りかけてくれてたんですけど、今は完全に離れ離れになってしまったので、休み時間中の会話は前より減ってしまったんです」


「そっか。 席替え前にそれだけ近しい距離に居たんなら、今回の席替えで距離感じちゃうのも無理ないよね」


「……はい」

「でも、あの子を嫉妬させるのは、ちょっと骨が折れると思うなぁ」

 どこか遠い目をしながら、先輩は確信的にそう言った。


「やっぱり先輩も、そう思いますか」

やっぱり(・・・・)、って、君もそう思ってたの?」


「はい。 あの人のイメージって言うんでしょうか。 嫉妬とか羨みとかの感情をあの人が抱いているところがまったく想像出来なくて」


「確かにあの子が誰かをねたんだりするイメージは沸かないよね。 よくムキになる事はあるけど」


「そうなんですか?」

「うん、私がからかうとすぐ口を尖らせて生意気言うんだよあの子」


 へぇー、と私は感嘆の声を上げた。 先輩の口から語られるユキくんは私の知らないユキくんである事が多いから、ついつい前のめりになって耳を傾けてしまう。

 先輩にからかわれて口を尖らせるユキくん。 ――少し見てみたい気もする。


「まぁ、そういう感情にうといあの子にはそれくらいしないと動いてくれないかも知れないけど、君もムキになってやり過ぎないようには気をつけなよ。 いくら君たちに思惑があるからって言っても、あの子は何の事情も知らないんだから、あんまり度が過ぎたら真に受けられて本当に距離が離れちゃうかもよ?」


 言われてみれば確かにその通りだ。 私と三郎太くんは互いに思惑をもってユキくんを嫉妬させようとしているけれど、ユキくんからしてみれば私達の行動はただの素っ気無い態度以外の何ものにも映っていないだろう。 いくら私がユキくんとの関係の進展を焦っていて、その上で三郎太くんからそそのかされてしまっていたとしても、ちょっと判断が軽率過ぎたかもしれない。 先輩はまだ話を続けている。


「第一嫉妬してこそ正しい恋愛って訳じゃあ無いし、効果が無さそうだったらいさぎよく手を引く事だね。 その辺は双葉の弟くんの方にもきちんと伝えておくべきだと思うよ。 それに、そんな回りくどい事しなくても、あの子は君の思ってる以上に君の事を気にかけてると思うんだよね。 だから君があの子の事を本当に好きなら、もっとあの子の事を信じてあげたらいいんじゃないかな」


 私が薄々感じていた事を先輩が面向かって忠告してくれたお陰で、何だか踏ん切りが付いた。 予定通り、体育大会が終わるまでに『ユキくん嫉妬大作戦』の効果が出なかったら、きっぱり作戦は中止する事にしよう。 効果が無いと分かれば、三郎太くんも諦めが付くだろう。


「……そうですよね。 これじゃ何だかユキくんを試してるみたいですし、後で理由を説明したとしてもいい気はしませんよね。 体育大会が終わるまでに効果が無かったら、あの人を嫉妬させようなんて事は止めて、もうちょっと私の方からアプローチするようにしてみます」


 私が自身の意思を表明すると、先輩は「うん、それがいいよ」と微笑ほほえんでくれた。 その優しい包容力のお陰で、私の胸に蔓延はびこっていた不安が幾分取り除かれたような気がする。

 やはり臆病にならず、先輩に私の心の内をさらけ出して良かったと心から思った。

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