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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十二話 触発 6

「俺ら赤組の昼練習あるから先に食べといていいぜ。 んじゃ行くか千佳ちゃん」

「はい」

 三郎太は僕にそう言い残し、古谷さんと共に教室を出て行った。


 週明けの月曜日。 四時間目が終わったと同時にクラスの半数の男女が一斉に体操服に着替え始めた。 急に何事かと思ってしばらく観察していると、どうやら体育大会の赤組チームに所属する人達のみが着替えているらしかったので 僕は三郎太と古谷さんに何の用があって体操服などに着替えているのかをたずねると、先のような理由だったらしい。


「何や、赤組は昼にも練習あるんかいな。 やる気満々やんけ」

「ねー。 でもさすがに昼休み潰されるのはキツいかも」


 竜之介と平塚さんも、赤組に昼練習がある事を知らなかったようで、互いに思い思いの事を語っている。


「でも、昨日メッセした時に千佳はなんにも言ってなかったけどなぁ。 もしかして私が白組だから黙ってたのかな」


「いやさすがにそれは無いやろ――とおもたけど、昨日の平ちゃんの噂の件もあるし、まんざら無いとは言い切れんのが怖いな」


「――っ! ちょっと止めてよ二人ともっ。 古谷さんがそんな事する訳無いよ!」

 覚えず僕は強い声調で二人の勘繰りを真っ向から否定してしまった。


「そ、そうだよね! ごめん綾瀬くん。 あの千佳がそんな事するはず無いし、私に伝えるほどの事じゃ無かったって事だよねきっと」


 平塚さんは申し訳無さそうに先の発言に対する謝罪を僕に果たしてきた。 彼女の話も決して在り得ない話では無かったのに、それを攻撃的な態度を以って否定してしまったのは少し利己的だったろうかと急に罪悪感に襲撃され、僕はたちまち口をつぐんで目を伏せた。


「まぁそうカッカ(・・・)すんなや優紀。 俺も無いと言い切れんとは言うてもたけど、それはほんまに在って無いような可能性の話やからな。 平ちゃんもその辺はよう分かっとるやろうし、そんなに心配せんでも大丈夫やって。 それに、この中で一番千佳ちゃんいう人間を知っとる優紀がそこまで言うんやからその感覚は間違いないやろ。 な?」


「う、うん。 ……何か僕の方も急に強く言っちゃってごめん」


「んなもん気にするほどの仲ちゃうやろ俺らは。 むしろ優紀が怒るトコとかレアやし、逆にええもん拝ましてもろた感まであるわ」


「あ、確かに私も初めて見たかも、綾瀬くんの怒るとこ。 でも、あんまり迫力は無かったかなぁ」


「もうっ、二人してからかわないでよっ!」

「きゃー! 綾瀬くんがまた怒ったー!」


 ほどほどに二人にからかわれた後、僕達は食堂へと向かった。

 ――そうだ。 ある筈がない。 たかが一行事のチーム分けで古谷さんが友達をないがしろにする事なんて。


 でも何故だろう。

 仲違育大会――仲違育大会――

 その不穏な造語が僕の頭から一向に離れてくれやしない。


 結局、昼休みの間に僕達と三郎太達が合流する事は無かった。



 その日の放課後。 白組の練習が無かった僕達三人は帰路についていた。 その時に話題に上がっていたのは、体育大会についてだった。


「なーんか赤組って妙に張り切ってるよね。 昼にまで練習してるし」


「ほんまな。 それの影響か知らんけど、最近妙にサブのヤツが素っ気なくてなぁ。 俺がからかっても反応薄いし。 優紀の方はどんなや?」


「そう言われてみると何だか余所余所よそよそしい感じはするかな。 でも」

「でも?」平塚さんが首を傾げながら聞き返してくる。


「僕のそれって、体育大会が始まる前ぐらいから感じてるんだよね。 強いて言うなら席替えのあと、になるのかな」


「ふーん。 って事は席替えの後に何かの理由があってサブくんの様子が変わっちゃったって事?」


「うん。 でも本当にその時期から三郎太が変わったって確証も無いし、もしかしたらただ単にその時の三郎太の気分が優れなかっただけなのかも知れないから、そうなんだって決め付けたくは無いけどね」


「まぁ何やたくらんどったとしてもあのサブの頭で考える事やから大した事無いやろ。 その内また鬱陶しいほど俺らの前でアホやらかすやろから、あえて今は見守っといたろうや」


「そうだねー。 体育大会が終わったらいつも通りになるでしょ。 ところで綾瀬くんは、最近サブくんと千佳がよく一緒に行動してる事についてどう思ってるの?」


「どう、って。 二人とも同じチームなんだし一緒に行動する事が多くなるのは当たり前の事なんじゃないの? 僕達だってそうしてるし」


 平塚さんが意図の読めない質問を僕に振ってきたものだから、僕は思ったままを口にした。


「まぁ、確かにそうなんだけどさ。 もっとこう、何て言うんだろ。 自分がサブくんの立ち位置だったら良かったなーとか、思ったりしない?」

「いや、別に。 特には」


 また僕が思ったままを口にすると、平塚さんは急に竜之介の元へと駆け寄って、ごにょごにょと何やら内緒話をしている。 何だか僕の事を話されているような気がして、二人が喋り終えた頃「二人して何喋ってたの?」と二人に問いただした。


「いやー、何でもないよ、うん。 ――あっ! 今日の数学の授業でまた分かんないところがあったんだけど、後でメッセで教えてもらってもいい?」

「うん、いいよ」

「やったねっ。 千佳に聞くとすーぐ嫌味言ってくるからなぁ。 助かるよ綾瀬くん」


 何だかうまくはぐらかされた気がするけれど、二人で喋っていた時間からしても大した事は話していない筈だから気にするだけ損だ。 それから僕達は話頭を転じながら帰路を歩いた。

 仲違育大会。

 いくら誰かと喋っていても、やはりその言葉が頭を離れてはくれなかった。


 ―幕間― 『続・静観』




「まぁ、確かにそうなんだけどさ。 もっとこう、何て言うんだろ。 自分がサブくんの立ち位置だったら良かったなーとか、思ったりしない?」

「いや、別に。 特には」


 優紀が真顔でそう答えると、真衣は突然竜之介の元へと駆け寄り、二人でひそひそと話を始めた。


「……ちょっと神くんっ。 綾瀬くんってほんとに千佳の事気になってるの?」

「……まあ本人の天然入っとるトコもあるやろうけど、言うたらあれや、本夫(・・)の余裕っちゅうヤツや」

「……ほんぷ?」

「……正式な夫いう意味や」

「……あぁー、そういう事か。 サブくん程度になら千佳を取られる心配が無いから余裕かましてるって事ね」

「……そういう事や」


「二人して何喋ってたの?」

 優紀は直感的に自分の事を話されていると察し、竜之介と真衣の密談が終わった直後、たまらず二人に問いただした。


「いやー、何でもないよ、うん。 ――あっ! 今日の数学の授業でまた分かんないところがあったんだけど、後でメッセで教えてもらってもいい?」

「うん、いいよ」

「やったねっ。 千佳に聞くとすーぐ嫌味言ってくるからなぁ。 助かるよ綾瀬くん」


 何やら話をうまくはぐらかされた気がしないでもないが、真衣と竜之介の喋っていた時間からしてみてもそれほど大した内容では無いだろうと勘繰った優紀は、あえてそれ以上の言及をしなかった。

 それから三人は話頭を転じながら帰路を歩いた。 その中で竜之介は人知れず小さな溜息を漏らした。


 ――まさか真衣が優紀にあのような事を聞くとは思わなかったから驚いた。 例の嫉妬作戦を耳にした後から、真衣が三郎太らに一枚噛んでいるような素振りも無かったので、恐らくただの偶然だったのだろうけれど、先の優紀の受け答えからして、中々道は険しそうだ。 優紀を嫉妬させる前に、本当に仲違いが起きなければいいが――


 先の溜息に含まれていた彼の心情は以上の通りだった。 いっそ今からでも三郎太らのたくらみを優紀らに伝えてしまおうかと思った竜之介であったが、やはり千佳の殊勝さがどうしても頭をちらつき、言うに言い出せなかった。

 どの道、優紀の心を千佳へ向けて動かすには多少の粗治療が必要だろう――不和の亀裂は思いもよらぬ所から発生する事を知らない竜之介では無かったけれども、彼は心を鬼にして、結局今回も沈黙を決め込んだ。

 その選択の結果が、優紀への刺激になると信じて。

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