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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第一部 僕と私(ぼく)
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第十話 追憶 3

 女の子とは、何であるか。 幼稚園の年長組に上がってからも尚、僕はその事ばかりを考えていました。 一つ目のピースは、それこそる日偶然道端(みちばた)に落ちていて、それを拾い上げてめ込んだらこれまた偶々(たまたま)合致したという訳ですけれども、今回はそう上手く行きそうにもありません。


 男児、女児、男児、女児。 とある日も、してその翌日あくるひも、ただひたすら彼ら彼女らを僕の視界へ交互に映してもなお答えは見つかるどころか、遥か彼方かなたへ遠退いていくばかりなのです。


「優紀くん、あそぼ」


 教室前の廊下に呆然と座り、運動場で走り回る同級生を眺めていた僕を誘ってきたのは正美でした。 僕は彼女に手を引かれるままに、教室内へと入っていきます。


「これ、何するの?」


 僕が教室内で目にしたのは、縦六〇センチ横八○センチ程度の派手なチェック柄の布の上に、黄色や緑などのこれまたカラフルなおもちゃの食器が置かれている光景でした。


「おままごとに決まってるじゃない」

 聞くまでもなかろうといった気味で、彼女は言い切りました。


 ああそう言えばと、自由時間の教室内で女児たちがよくこうしておもちゃの食器を床に並べて遊んでいるのを見かけた事があったなと今更ながらに思い出してしまいましたので、僕は咄嗟とっさに「それなら知ってるよ」と取りつくろいました。


「じゃあ私がオヨメさんで、優紀くんがダンナさんね」


 そうして、彼女が明示した配役に僕は首肯しゅこうを認める事はありませんでした。 何故だと問われると、それこそふくろう見たく首が半回転するんじゃないかと思われるぐらい首をかしげて困り果ててしまいますが、僕は彼女の配役にどうしても納得する事が出来ませんでしたので、断固談判する決意を胸にいだきました。


「どうして僕がダンナさんなの?」

「どうしてって、優紀くんが男の子だからに決まってるじゃない」


 彼女はあらかじめ返答が決まっていたかのよう、何の躊躇ちゅうちょはばかりも無く、しかるべくしてそう答えました。 先程の問いの答えは聞けましたが、やはり僕の納得する答えには行き着きませんでしたので、引き続き談判は行われました。


「どうして男の子ならダンナさんなの? もし僕が女の子だったらどうなるの?」

「それは、優紀くんが女の子だったらオヨメさんになるでしょうけど、優紀くんは男の子でしょ? だから優紀くんはダンナさん」


 彼女が指摘した通り、この時の僕の発言が矛盾をはらんでいたという事は誰が見ても明々白々でした。 僕は男で、女ではない。 それは僕にも、いま目の前にいる彼女にも知れている、ほこりを被った既知の情報でした。 にもかかわらず僕はその発言をさも当然のように語ったのです。 今思い返すと、この時の発言が無意識ながらに僕がぼくを認知し始めた最初の出来事であり、片鱗だったのかも知れません。


 そしてこの時、ふいに思い立ったのです。 ことによるとこの感覚を辿たどっていけば二つ目のピースを見つける手がかりになるのでは無かろうかと。 僕は一旦頭の中を整理し、自分を落ち着かせてからこう言いました。


「あのね、男の子と女の子の違いって何なのかな」


 僕は自分の視野の狭さに辟易へきえきさせられてしまいました。 何故ピースを自分の力のみで探そうとしていたのか、すっかり愚鈍という泥沼にずっぽりと足をはまらせてしまっていて気が付きませんでしたが、以前のように誰かにたずねればよかったのです。 勿論「人生の手引書」に手を出すつもりは毛頭ありませんでしたが、同級生になら何も遠慮は要りません。 僕が彼女へそうたずねてからしばらく経った頃、彼女はつぐんでいた口をようやく開きました。


「私もよくわかんないけど『せーべつ』ってやつの違いじゃないかな、あれって生まれた時にわかるんでしょ? だったらお医者さんに聞けば分かるんじゃないかな?」


「ここにお医者さんなんて居ないよ」

 僕は存外すっぱりと彼女の提案を切り捨てました。


「じゃあ、優紀くんは分かるの?」

「分からないから正美ちゃんに聞いてるんだよ」

「私はお医者さんじゃないのに、そんなの分かるわけないじゃない」


 このままではまるで堂々巡りでしたので、僕は趣向を変える事にしました。


「じゃあ僕にオヨメさんをやらせてよ。 もしかしたらその答えが分かるかもしれないよ」

「別にいいけど、何で女の私がダンナさんなんてやんなくちゃならないのよ、後でぜったい交代するからね。 本当は嫌なんだから」


 この時、何故だか知りませんが例の察知力がどうやらおいとましていたようで、僕は僕の目の前に置かれた真理の片鱗を見ようともせず、まったく見過ごしてしまいました。 そうして後年にわたった後に僕は、ダンナさんを拒む僕と彼女の心情が一致していた事に気が付くのでした。


「ごめん、あとでぜったい代わるよ。 それで僕は何をしたらいいのかな」


「んとね、オヨメさんはね、ダンナさんがお仕事から帰ってきたらね、玄関の前で迎えてあげないとダメなんだよ。 それでね、テーブルにはね、オヨメさんが作った出来立てのお夕食が置いてあるの。 それからね、先にお夕食を食べるのか、それともオフロに入るのかをダンナさんに聞くんだよ」


「ダンナさんが先にオフロに入っちゃったら、ごはんが冷めちゃうよ」

「そこがオヨメさんの腕の見せどころでしょ? ご飯はよそい直したり、お味噌汁は入れ直したり、お魚は暖め直したりするんだよ。 そんな事も知らないでオヨメさんになれるわけないじゃない」


 なるほど彼女には正鵠せいこくを射抜かれてしまいました。 僕ら男の子の遊びと言えばもっぱら遊具で遊んだり、おにごっこやかくれんぼをしたりする「外の遊び」で、女の子のこうした「内の遊び」に興をもよおした事は一度もありませんでしたので、彼女のおままごと談義にはついうんうんと首肯を繰り返し、耳を傾けずにはいられませんでした。


「あとね」付け加えるように彼女は談義を続けます。

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