第三十二話 触発 4
「よし、じゃあラスト一回バトンパス練習終わったら解散にするから、最後も手ぇ抜かずになー」
二学期が開始した今週の後半から、再来週に開催される体育大会の予行練習が始まった。 当高校の体育大会は毎年九月下旬頃に執り行われ、基本形式として、一、二、三年生を一纏めにした混合チームを二つ作り、その二つのチームが互いの運動能力を競い合うという形になっている。
チームはポピュラーに赤組と白組とで分けられており、各チームの選出方法は公平を期してくじ引き方式を取っているから、くじ運次第では友達とも争わなければならないという事だ。 くじによるチーム選出は昨日各クラスごとに行われ、僕達五人のチーム分けの結果は奇しくも席替えの時とほぼ同様で、僕と竜之介と平塚さんが白組、残る三郎太と古谷さんが赤組に決まった。
出来る事ならば全員同じチームが良かったけれど、完全なる無作為選出の中、五人全員が同じチームになる確率は限りなく低く、そうした僅かな可能性に期待を寄せてしまう事がそもそも無謀であり、逆に運が悪ければ僕一人のみが別チームという結果も在り得た訳で、その点を踏まえれば、五人全員が揃わなくとも竜之介や平塚さんが同チームに居てくれた事は僕にとっての幸運だったと言えるだろう。
「準備出来たかー? おし、それじゃあ――スタートっ!」
――そして今日の放課後から白組の予行練習が始まった。 練習の日程は赤組と白組が一日ごとに交代で放課後の運動場を使用して練習する形となっており、昨日は赤組の練習日だったので、今日は僕達白組の練習日なのだ。 練習時間は運動場を使用する部活動との兼ね合いで放課後から一時間と定められていて、時間を越えての練習は出来ないから、限られた時間と日数で如何にチームとの連携を取れるかが勝利の鍵となるだろう。
ちなみに、各チームに選ばれた選手は必ず二種目以上四種目以下の競技への参加が義務付けられており、竜之介は綱引きなどの腕力担当、僕と平塚さんは主に長距離リレー担当となり、今まさにリレー担当リーダーを担っている三年生指揮の下、今日最後のバトンパス練習を行っていたところだった。
「よーし最後のはまあまあ良い感じだったぞ。 バトン渡す時は最後まで速度緩めずにしっかり相手の手にバトンを置くようにな。 受け取る側のバトンを触る面積が小さいほど受け渡しミスが発生しやすいから、渡す側はその辺ちゃんと意識するように。 受け取る側も貰ったバトンを確実に握り込むクセをつけるようにな。 握り込みが甘いと腕振った反動ですっぽ抜ける事もあるからな、おととしの俺みたいに」
自身の失敗談を交えつつ、リーダーは的確なバトンパスの注意点を僕達リレー担当に講じている。 しかしさすがリーダーを務めているだけあって、その統率力は中々のものだ。 いくら最上級生とは言え、普段は別段顔を合わせたり会話したりする事の無いであろう下級生達に臆する事無く指示を出せる胆力は是非見習いたいものである。
「それじゃ今日はここまで。 次の練習は来週の火曜になるから忘れないように。 もし別の用事がある人が居たらそっちの方を優先してもらったらいいけど、一応出欠確認しないといけないから自分で報告するなり友達とか同じクラスの人に頼むなりして必ず出欠をリーダーに報告するように。 んじゃ解散って事でおつかれさんっ。 来週もよろしく」
「「「おつかれさまでしたーっ」」」
こうして白組一回目の予行練習が終わった。 それから僕と平塚さんは、少し遅れてやってきた竜之介と合流し、制服に着替えた後、下校した。
「んーっ、結構走ったなぁ。 明日筋肉痛になってそう」
校門を出た直後、平塚さんは両手を上げて背伸びしながらそう言った。
「意外とバトンパス練習だけでも疲れるよね」
「ねー。 そういえば神くんは何してたの?」
「俺は五人綱引きの練習やな。 まぁ練習言うてもやっとる事はほぼ実践やけど」
「綱引きかぁ。 何か神くんだったら一人で五人相手出来そう」
「いやさすがにそれは無茶やな。 せいぜい二人が限度ちゃうか」
「それでも十分凄いと思うよ竜之介」
五人相手は無理だと潔く認めつつ、そのあと涼しい顔をして二人までならば一人で相手出来ると言い切った竜之介の膂力は未だ計り知れない。 僕や三郎太が先の嘯きを口にしたところで鼻で笑い飛ばされてしまうだろうけれど、彼の場合それがまったく虚勢に聞こえてこないのだから面白い。 彼なら本当に二人相手でも難なく勝利しそうだ。
「しかしサブと千佳ちゃんには悪いけど、こっちのチームに俺ら三人だけでも固まっといてくれて良かったわ。 俺は優紀ら以外に同学年の友達っちゅう友達もおらんし、知っとる顔が二人おるだけでもありがたいわ」と竜之介がしみじみ語った。
「ほんとは全員一緒が良かったけどねー。 ……ところで、噂で聞いた話だけど、この体育大会って別名『仲違育大会』って呼ばれてるらしいよ」
「「なかたがいくたいかい?」」
妙に不穏そうな名前が出たものだから、僕と竜之介は揃ってその言葉を反復した。




