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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十二話 触発 3

 姉(いわ)く、私は感情を隠すのが下手で、割と感情が表に出てしまう性質の人間らしいから、さっきの三郎太くんみたいに誰かに感情を読まれてしまう事が多い。 そして表に出てしまうその感情は、喜怒哀楽すべての感情だ。

 ユキくんも、楽しい時にはいつも楽しそうだし、嬉しい時には目一杯笑っているし、落ち込んでいる時には私が胸を痛めるくらいに悲しそうにしている。 彼のこの三つの感情は、私もこれまで何度も目にしてきた。 けれど、彼の怒りの感情だけはまだ、お目に掛かった事が無かった。


 嫉妬やうらやみという感情は、四感情のくくりで言うと、怒りに似ていると思う。

 今の私で言うと、何故私の座席がユキくんの後席で無かったのかという苛立ちと、私が喉から手が出るほどに欲していた席に選ばれ、毎日ユキくんと親しげに話している真衣への羨望。 それらの感情は、怒りとして捉える他に扱いようが無い。 (怒りと言っても、私は別に真衣へ向けてこの怒りを発している訳じゃない。 むしろ怒りの矛先は、親友にそうした感情を抱いてしまう事すら止められない愚鈍な私自身だ)


 でも、今まで私の前で怒りの片鱗すら見せた事の無いユキくんが、果たして私のように、他の誰かに対し嫉妬や羨望を抱くだろうか。 ――ある程度想像はしてみたけれど、彼がそうした感情を抱いている様がまったくと言っていいほど思い浮かばない。 だから、三郎太くんの妙案はきっと成功しないだろうと思った。


「しかしなぁ、ユキちゃんって結構そういう事にニブいとこあるから、もしかしたら無駄骨になるかも知れねーけど。 まっ、何事もやってみない事には結果は分かんねーし。 どうだ千佳ちゃん、もし千佳ちゃんがその気なら手を貸すぜ」


 ――そうだ。 やる前からああだこうだと結果を決め付けるのは臆病者のする事だ。 この夏はユキくんとデート(・・・)して、私の家の同じ部屋で寝さえしたんだ。(ユキくんを家に呼んで同じ部屋で寝たなんて事はさすがに誰にも言えないけれど)

 これくらいの事で弱気になってどうする私!


「――じゃあ、お願いしてもいいかな」

「おう! いっその事ユキちゃんが歯軋りするぐらいにイチャイチャしてやろうぜ」

「い、いちゃいちゃって……」

 あまり耳にしない言葉が三郎太くんの口から聞こえてきて、私は思わずその言葉を反復してしまった。


「いやいや、あくまでフリ(・・)だよフリ(・・)。 本気でそんな事してたらリュウに寝技食らわされてる中、真衣ちゃんに足蹴にされそうだしな」


「だ、だよねっ! ちょっとびっくりしちゃった」


「はは、悪い悪い。 でも、多少は本腰入れて掛からないとユキちゃんの心は動かせそうにないし、俺も結構本気でやってみるつもりだから、俺に惚れても知らないぜ千佳ちゃん」


「ふふっ、それくらいの迫力なら、ひょっとするとユキくんも嫉妬してくれるかも知れないねっ」

「そうだといいけどな」


 こうして、三郎太くんと私による『ユキくん嫉妬大作戦』が秘密裏に始まった。


 ―幕間― 『静観』




『――つもりだから、俺に惚れても知らないぜ千佳ちゃん』

『ひょっとするとユキくんも嫉妬してくれるかも――』


 ――優紀達のあずかり知らないところで、三郎太と千佳の二人は何やら興味深い事をやろうとしている。

 どうせなら自分も一枚噛みたいところだったが、自分まで彼らにくみしてしまったら優紀の味方が少なくなってしまう。 かと言って、優紀に彼らのはかりごとを暴露してしまうと、三郎太はともかくとして、妙に張り切っている千佳に悪いから、ここは第三者として見物しているのが吉だろう――


 聞き耳をそばだてて三郎太と千佳による悪巧みを把握していた竜之介は、優紀や三郎太のどちらにくみする事無く中立を決め込んだ。 それから彼は、別の思考を頭に巡らせた。


 ――優紀は夏休みの間に千佳と二人で花火大会に出向いたと言っていたが、見ている限りでは二人の仲はそれほど進展していないように思われる。

 ただ、昔に比べると優紀も少しは千佳に心を開いているようだし、恐らく表に出さないだけで、ある程度の進展は果たしている事だろうから、余計な詮索は野暮というものだ――


「……便所行こ」


 そうして竜之介は席を立った。 それから教室を出る前に、優紀サイドと三郎太サイドをちらと確認した竜之介は、今まさに青春という道なき道を我武者羅に突っ走っている彼らを羨ましく思った。

 自分も美咲と恋仲になっていなければ、このクラスの女子、はたまた、この学校全体の女子の誰かに恋心を抱きつつ、彼らと一緒になって愛だ恋だとのたまって、彼らと同じ青春道を歩んでいたのだろうかというもしも(・・・)を、彼は心の内に抱いていた。


 だが竜之介のそれは決して、後悔ではない。 そのもしも(・・・)は竜之介にとってあくまで可能性として在り得たかも知れない妄想のたぐいに過ぎず、いわゆる皮算用に近しいものだった。 だから彼のもしも(・・・)は『あの時こうすれば良かった』という後悔ではなく、『こういう展開も楽しめただろうな』という一種の回顧なのである。


 言わずもがな彼は後悔を嫌う。 故に彼は休み時間毎に尿意を掃う。

『あの時トイレへ行っておけば良かった』という後悔を授業中に抱かない為に。

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