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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十二話 触発 2

         (「――って事でよろ)         (しくね綾瀬くんっ」)

         (「――う、うん。 )     (よろしく」)


 ――近ごろ妙に真衣とユキくんの仲が良い。 それはお互いに前後の席だし、お互いに見知った仲なのだから休み時間に会話くらい交わすだろう。 でも、あの二人が楽しげに会話を繰り広げている様を遠目から眺める度に私は、小さな溜息を付いてしまう。


 その溜息の出所が嫉妬だという事も分かっている。 出所が分かっているなら対処も容易たやすい――はずなのに、私はその出所からあふれ出る感情を止めようともせず、むしろ率先してその感情を溜息として放出し続けている。


 こうしている間にも、真衣が笑いながらユキくんの肩を軽くはたいた。 ユキくんも別段気にする事もなく笑顔で対応している。 その光景を見た途端、胸がきゅっと締め付けられた。 神くんの彼女である美咲さんも、彼と付き合う前はこんな気持ちを毎日毎日抱いていたのだろうかと、意味も無く彼女と私の境遇を重ねてみる。


「……はぁ」


 また一つ、溜息が出た。 そして、いつまでもこんな感情を抱いていると、願望の一つくらい口に出して言ってみたくなる。


「「私があの席だったら良かったのに」――って、ええっ?!」

「やっぱりそういう事考えてたんだな千佳ちゃん」


 まるで口裏を合わせたかのよう見事に私と同じ語句を言って見せたのは、私の前の席に居た三郎太くんだった。 完全に真衣とユキくんの方に気を取られていて、彼が横向きに座って私の方を見ている事に全然気がつけなかった。


「ど、どうして分かったの?」

 一言一句たがわずに私の言おうとする事を言い当てた三郎太くんが信じられなくて、私は机に突っ伏せていた体を勢い良く引き起こして彼にたずねた。


「そりゃあそんだけ顔に出してたら鈍い俺でも分かっちゃうって」


 どうやら私の顔は私の思う以上に悲哀に満ち溢れていたらしい。 その顔をまじまじと彼に見られ続けていたのだと思うと急に恥ずかしさが込み上げてきて、たちまち頬が熱くなってきた。

 すぐさま前髪で目をおおおうとした――けれど、私の前髪はもう、目を覆うだけの長さを保っていない。 未だに以前の癖を人前で披露してしまうという恥ずかしさも相まって、さっきの授業内容じゃあないけれど、私は羞恥の二乗に襲われてしまった。 こんな展開(・・)、私は望んじゃいないっていうのに。


「ははっ! まだそのクセは直ってないんだな千佳ちゃん」


 三郎太くんは私のヘマを笑っている。 でも、こういう時は下手に同情されて気を遣われるより、こうして笑い飛ばしてくれた方がよっぽど気が楽だ。

 私はこうした三郎太くんのさっぱりした性格に何度も助けられた事がある。 さっきは自分の事を鈍いだなんて卑下していたけれど、彼は私なんかよりよっぽど周囲が見えていると思う。 むしろ、愚鈍なのは私の方だと名乗り出たいくらいだ。


「私って駄目だね。 友達の境遇に嫉妬しちゃうなんて」


 今更隠してもしょうがないときっぱり諦めて、私は素直に真衣へ向けていた嫉妬の事を三郎太くんへ明かした。 すると彼は頭をぽりぽりと掻きながら困った顔を覗かせつつ、


「まぁ、今まで千佳ちゃんがユキちゃんの席の近くに居た分、これだけ離れると距離感も感じちまうわな。 んで、ただでさえ離れてるユキちゃんのすぐ傍に真衣ちゃんがいれば尚更、か」


 私の心境を冷静に分析してくる。 そうして改めて口に出されてしまうと、ユキくんと私との距離が更に遠ざかってゆくような気がしてきて、ただただ悲しみに包まれた。


「でも、席が離れたぐらいでこれまでの千佳ちゃんとユキちゃんの関係は揺るがないっしょ」

「うん。 そう思っていたいけど」

 私は奥歯に物が挟まったような口調で自信無さげに答えた。


「にしてもユキちゃんもユキちゃんだぜ。 もっと千佳ちゃんの方に来てやりゃあいいのに、最近ずっとあんな感じだもんなぁ」と、三郎太くんがユキくん達の方の席を見ながら呟いた。


「それは仕方ないよ。 こっちに来る来ないはユキくんの自由だし」

「でもなぁ。 ――あ、いい事思いついた」

「いい事?」

「おう。 千佳ちゃんが真衣ちゃんの位置に嫉妬してるように、ユキちゃんにも俺の位置を嫉妬させてやりゃあいいんだよ」

「ユキくんを、嫉妬させる――?」


 そんな事、出来るだろうかと考えた。 仮に三郎太くんの思惑通り、ユキくんが私の事を想って三郎太くんを嫉妬してくれるのなら、これ以上に嬉しい事は無いだろう。 だって、彼が私と三郎太くんの関係を嫉妬するという事は即ち、彼はそれだけ私の事を想ってくれているという事の裏返しなのだから。


 ――でも、私にはどうしてだか、ユキくんが嫉妬してくれないような気がしていた。 それは別に、彼が薄情だとか、私に気が無いからという理由では無くて、ただ単に、嫉妬という感情とユキくんが一向に結びつかなかったからだ。

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