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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十一話 月は東に日は西に 6

「なぁなぁユキちゃん」


 二学期の始業式を終えた後、僕は教室に戻って自分の席に着くや否や、後席の三郎太に声を掛けられた。


「どうしたの、三郎太」

「夏休み中の千佳ちゃんとの花火デートの具合はどうだったんだ?」


 教室にクラスメイトが居るにもかかわらず、三郎太は何の遠慮も無く僕にそうたずねてきた。 お手洗いにでも行っているのか、周囲に古谷さんや平塚さんが居なかったのが唯一の幸いだ。


「……あんまり大きい声で言わないでよ三郎太。 僕と古谷さんが二人きりで出かけた事、三郎太達以外には一応内緒にしてるんだからさ」


「おおそうかわりわりぃ。 んで、そのお忍びデートの結果はどうだったんだよ」


 いくら三郎太に配慮を願ったところで、彼の僕と古谷さんの関係に対する興味が失せる訳ではないから、結局その話を振られる事は分かっていた。


 しかし、彼にどこまで話していいものやら、そこが問題だ。 見知らぬ男たちに絡まれた事ぐらいは話しても問題はないだろうけれど、さすがに古谷さんの家に夜遅くに押しかけて一宿一飯の恩を受けた事は明かせない。 それこそ下手に彼に話して万が一にも彼の軽口からその情報が洩れてしまったら彼はおろか、クラスの皆にも何を詮索される事やら分かったものではない。 だから、僕が古谷さんの家に泊まった事だけは口が裂けても言うまいと心に決めた。


「うん、悪くは無かったんじゃないかな。 古谷さんはずっと楽しそうにしててくれたし、僕自身も思ってた以上に楽しめたから」


「ほー、ユキちゃんがそう言うなら結構雰囲気は良かったっぽいな」

 三郎太はうんうんと何度か首肯しゅこうを交えながら、感慨深そうな口調でそう言った。


「それにしても、改めて考えると羨ましいよなぁユキちゃん」

「え、何が?」


「何が? じゃねーだろユキちゃん! 高校一年の夏休みに女の子と二人きりで花火大会に行けるとかマジで青春してんじゃねーか! 俺なんてその日は朝から晩まで宿題に追われてたってのによー、まぁ答え写してただけだけど。 でもこの格差はなんだよ! 格差社会の波がこんなところにまで押し寄せて来てんのかよ!」


「いや、宿題は三郎太が計画的に毎日やって来なかった分のツケをその時に払っただけでしょ……」となだめては見たものの何の甲斐もなく、それからも三郎太はああだこうだと駄々をこね続け、一向に話が纏まりそうになかったのを見かねた僕は、


「あ、そう言えば花火大会に行ってた時の花火の動画とか写真を撮ったんだけど、良かったら見てみる?」と少しでも三郎太の気をまぎらわそうと話頭を転じた。


「お、マジで? 見せて見せて!」


 つい先ほどまで駄々をこねていたかと思えば、花火の動画や写真があるといった途端にころっと態度を変えて食いついてくる三郎太の相手をしていると、まるで幼子の相手をしているようでちょっと気が抜ける。 そういうところが三郎太らしいと言えば三郎太らしいのだろうけれど。


「ちょっと待ってね、一番うつりの良かった動画探すから」と三郎太に伝えた後、僕はズボンのポケットからスマートフォンを取り出して目当ての動画を探し始めた。


「おう。 ってユキちゃん、それ携帯に何付けてんだ?」

「ん、ああ、これ? ただのアクセサリーだよ」

「へぇ、中々洒落たの付けてるじゃん。 もしかして花火デートの時に千佳ちゃんとお揃いで買ったとか?」


「いや、そんなのじゃないよ。 確かに買ったのは花火大会の時だけど、ちょっとした成り行きで買っちゃったというか」


「なーんだ、てっきりユキちゃんが気ぃ利かせて千佳ちゃんとお揃いのアクセでも買ったのかと思ってたのに」


「お揃いならもうこのたれペンがあるし」

 僕は筆箱に付けていたたれペンのぬいぐるみを手で撫でた。


「いやいや! それとはまた別だろー。 まあユキちゃん達が楽しんでたんなら俺はいいけどな。 ところで良い動画は見つかったのか?」


「もうちょっと待ってね、確かこの辺だったと思うんだけど――あ、あったこれだこれだ」


 僕は目当ての動画を再生させた後、スマートフォンを三郎太に手渡した。 三郎太は「おー!」と驚嘆の声を挙げながら動画にかじりついている。 そうして、彼の手元で揺れている三日月形のアクセサリーは、彼にとってはただのアクセサリーとして映っている事だろう。 それで構わない。


 このアクセサリーの真の意味を知る者は僕だけでいい。 むしろそうでなくては困る。 何かの拍子に太陽の光がさえぎられてしまえば、僕は僕でいられなくなってしまう。 だから、僕は彼女(・・)という太陽の光を浴び続ける為、このアクセサリーの真の意味を誰にも語るつもりはない。 ――玲さんにさえも。


 ただ、一つだけ願っている事はある。 それは、玲さんが身の回りの何かに僕の贈ったアクセサリーを身に付けていて欲しいという願い。 その願いと同時に、一つだけ断っておきたい事もある。

 これは僕と玲さんのお揃いなどではなく、僕の我儘わがままの具現化だという事。 普段は玲さんに振り回されている分、これぐらいの自分勝手を通してもばちは当たるまい。

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