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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十一話 月は東に日は西に 5

「っ~、炭酸きっつ……」

 息継ぎも無しに半分以上残っていたペットボトルの中身を飲み干したものだから、全てを飲み終えた後、炭酸によって刺激された喉がひどく焼け付くような感覚に襲われた。


「せ、先輩、そんなに一気に飲まなくても」

「キミが飲め飲めってしつこいから飲んだだけだよ。 ……そろそろキミの乗る電車も来るだろうし、私は先に帰るよ。 お土産ありがと、また学校でね」


 私は彼の顔も見ないまま俯き気味に自転車に乗り込み、ペダルに足を掛けた。


「あ、このペットボトルだけ捨てといて」

「え? あ、ちょっ、玲さんっ?」


 彼にからのペットボトルを手渡した後、私はその場から逃げ去るように自転車のペダルを力強く漕ぎ進めた。


「――バカっ。 気を遣う相手が違うでしょうが。 そんなだからキミはいつまで経っても男に成り切れないんだよ。 ……バカ」


 馬鹿馬鹿と彼を揶揄する態度とは裏腹に、私の中に際限なく肥大してゆく彼の存在はいよいよ無視する事が叶わなくなってきている。 それでも私は、その想いを一片たりとも認める訳には行かないのだ。


 行きの時より強い日差しが、私の露出している肌をじりじりと焼いている。 いっその事、灼熱の太陽が私の中に肥大し続ける不徳の想いを焼き尽くしてくれないかしらと在りもしない願望を抱きながら、私はただひたすらに自転車のペダルを立ち漕ぎし続けた。 今もなお膨張し続ける彼の存在に追い越されてしまわないように。


 それから程なくして家に辿り着いた私は洗面所で顔を洗った後、自室へ入るなりズボンのポケットの中に入れていた彼の土産の紙袋を取り出し、中身を確認した。


「これは――キーホルダーかな」

 紙袋の中に入っていたのは、黄土色の小さなアクセサリーだった。


 デザインを見た当初は、アクセサリーの基点となる丸の円周に葉のような突起が放射状に複数付いていたから、ひまわりの花を模したものだと思っていたけれど、それにしては基点の丸に対して葉が大きすぎるし、葉の密度も実際のひまわりに比べて低い。 それに彼は、私の事を思い浮かべながらこれを買ったと言っていたし、人に対する印象の例えにひまわりを引き合いに出す人なんて見かけた事も無いから、恐らくこれはひまわりのアクセサリーじゃあ無い。


 だったらこれは一体何の形を模したアクセサリーなのだろうとしばらく考えている内に、ひまわりに似た印象を持つ物体という観点から、これが太陽をモチーフにしたアクセサリーだという断案を下した。


 彼は私の事を思い浮かべながらこれを買ったと言っていたけれど、彼の中の私のイメージが太陽だという事なのだろうか。 彼が一体何の意図を以ってこのアクセサリーを私に贈ったのかは私には到底判然としないけれど、彼が私の何処に何を感じて太陽というイメージを思い浮かべたのか、そこが少し気になった。 もしや私が太陽みたく暑苦しい人間だと言いたかったのだろうか。 いや、彼は人にマイナスイメージを押し付けるような人間じゃあない。 だとすれば――


 私は太陽の持つ印象を思い浮かべた。 燦々さんさんと光り輝き――熱く力強い存在感――生命の象徴のような――この地球に生きるすべてのものを平等に照らし出す闊達かったつさ――ざっと思い浮かべて、以上の印象が浮かび上がってきたけれど、どれもこれも私の印象には当て嵌まりそうに無い。 仮に彼が先ほど私の思い浮かべたいずれかの印象を私に抱いていたのだとしても、それは彼の大いなる勘違いであり、行き過ぎた願望だ。


 確かに私は、彼の不安定な足元を照らす光として彼を見守ると決意しているし、彼にはその光が必要不可欠である事も理解している。 けれど、その光はあくまで彼の足元をかろうじて照らせるほどの弱々しい光で、とてもじゃないけれど、私が太陽だなんて表現ははなはだしい誤謬ごびゅうだ。 針小棒大しんしょうぼうだいにも程がある。


 でも、少なくとも彼は私の事をそう思ってしまっているらしい。 今すぐ彼のそうした勘違いを是正してやりたいところだけれども、印象はあくまで印象であって、誰かの人となりを確約するものではない。 ゆえに、彼が私の事をどう印象付けようが彼の勝手であるから、彼の私に対する印象に対して私が苦言を呈するのも、どこか的外れのような気もする。 それこそ何様だと言われてしまいそうだ。


 まったく彼も変に私の事を過大評価してくれたものだ。 この喜んでいいのやら困惑するべきなのやら何とも形容しがたい感情を最終的に私の心のどの位置に持っていけばいいのかがまるではっきりせず、心境の着地地点は一向に決まりそうにもない。 けれど、彼はそれだけ私の言動を買ってくれているという事なのだろうから、そう考えるとやはり少し嬉しい気も――いやいや、嬉しくなってどうするんだ。


 私は首をぶんぶんと横に振った後、先の思考ごと彼の存在を忘れ去る為、心境の着地地点もアクセサリーの使い道も決めないまま机の引き出しの中へしまい込み、何事も無かったかのようスマートフォンを取り出し、出かける前の調子で調べものを再開した――




 九月二日、月曜日。 永い夏季休暇もいよいよ幕を閉じ、今日から新学期だ。

 私は普段通りに登校し、しばらくぶりだったクラスメイトと久々に顔を合わせ、適度な挨拶を交わした後、自分の席へと着いた。


「玲おっはー。 ――ふあぁぁあ」

「おはよ双葉。 眠いの?」


 しばらくして双葉が登校してくる。 朝の挨拶を交わすや否や、だらしなく口を開けて大あくびを私の前で披露している。 大方今日が登校日という事もお構いなしに、夏休みの延長で夜更かしでもしていたのだろう。


「そりゃあ眠いよ、だって昨日夜中の二時まで映画観てたからさぁ」

 果たして推察は的中した。 あまりにも予想通り過ぎて驚きの感情すら湧かなかった。


「まったく、次の日学校だってのに日が変わる間際に映画観始める馬鹿がどこに居るのさ」


「ここに居るのさっ! いやー、寝る前に冒頭の五分だけ見て、布団の中でどんな映画なんだろって想像しながら寝よって思ってたんだけど、見始めたら停止押すタイミング完全に見誤っちゃってさぁ。 気が付いたら全部観ちゃってた」


「はぁ……明日からまた授業始まるんだから、今日はちゃんと早めに寝ないと駄目だよ」


「分かってるってっ。 あ、この前話してた時の詳しい事情乗ってるサイト、昨日寝る前に見つけたから教えるよ」

「ほんと? ありがと」

「スマホじゃ広告ウザくて見つけ辛いもんね。 私がパソコン持ってる事に感謝するんだな!」


「はいはいありがとうございます寝不足の双葉様。 まぁ、私の家のパソコンじゃネット見られるようになるのに十分くらい掛かるから、実際助かるよ」


「んじゃ、まだ時間あるしメッセにURL送っとくよ」

「うん、お願い」


 双葉は自身のスマートフォンを取り出して操作を続けている。 私も彼女からのメッセージを確認する為にスマートフォンを取り出した。


「よし、送ったよ――って、玲、それ何付けてるの?」

「ん、ああ、これ? ただのアクセサリーだよ」


 私はすまして答えた。

 ――そう、これはただのアクセサリー。

 彼から土産として貰った、何の変哲も無い、ただの(・・・)アクセサリー。

 だから私のスマートフォンにそれを取り付けようと、私の勝手。

 彼が私に大袈裟なイメージをいだいているのも、彼の勝手。

 双葉が明日をかえりみず夜遅くまで映画を観るのも、双葉の勝手。


 世の中は、誰かの勝手で成り立っている。 そんな気がする。

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