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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第一部 僕と私(ぼく)
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第十話 追憶 2

 その歳の頃から僕は怖いものなしといいますか、度胸といいますか、変に行動力だけはありました。 ので僕はとりわけ仲むつまじく感じていた同級生の女児(名を正美まさみと言っていました)を幼稚園の自由時間中、園内の建物と建物の間の、幼児一人通れるかというほどの狭隘きょうあいな路地に連れ出し、


「ねぇ正美ちゃん、正美ちゃんって自分のアソコ、見た事ある?」

 例の男児の時と同じくして僕は、身も蓋もなく彼女にたずねると、


「アソコって、どこ?」

 あの時の僕と同じ疑問を、彼女は首をかしげながら返してきました。


 僕はまた例によってあの男児と同じように「ここ」と局部を指差します。 すると彼女は早速察したのか、なるほどと膝を打った時のような顔つきでこう言いました。


「そんなの見たことあるに決まってるでしょ。 自分のなんだから」

 どうやら思ったよりも答えは近くにあったようです。 満を持して僕は彼女にたずねました。


「じゃあ、僕にも見せてよ」

「だめ」


 即答でした。 何が一体だめなのだろうと理解は出来ませんでしたが、何故だか打開策は閃いていました。


「じゃあ僕のも見せてあげるから、正美ちゃんのも見せてよ」

「だめ」


 やはり即答でした。 何故、彼女は見せてくれないのだろう。 それだけがはなはだ疑問で、僕はついに「どうして」と、かたくなな拒否の理由を聞き出そうとしました。


ここ(・・)はね、女の子の大事なところだから絶対に人に見せたりしちゃだめだってママに言われてるの。 だから、だめなの」


 なるほど。 と僕は納得させられました。 それと同時に、僕の考えうる「女の子」という概念のピースが一つ埋まったような気がしました。


 女の子には、決して他人に見せる事の出来ない大事な場所がある。


 それは、幼児の僕が得るには十分過ぎるこたえでした。 この時点で僕は「アソコ」を見る事に執着するのを止めていました。 最早その場所を見る、見ないなどは瑣末さまつな問題で、女性の身体の一部に他人には気安く見せる事の出来ない部位があるという事を知れただけで「女の子」という概念の一片を掴んだような心持を得て、僕は大いに満足したからです。


 そうして同日の晩、父と共に風呂に入っている時に、今日手に入れたピースの一つを早速父に披露する事にしました。 父は湯船に浸かっており、僕はマットの上にすわって身体を洗っていました。 父はそのとき満悦気味に天井を仰いでいましたのでこれは好機だと、僕は計画を進めました。

 「おとうさん」準備が完了した僕は、父を呼びました。 「どうした」と、視線を天井から僕に移した父を見計らい、そして実行しました。


 父が僕に注目しているのを確認した後、僕はその場に立ち上がり、おもむろに水なみなみの洗面器を頭上に持ち上げ、それを頭からかぶって自分の体に付着していた石鹸の泡を洗い流し、こう一言添えました。


「女の子」


 僕は自分の股間のモノを両腿りょうももで挟み込むように隠し、あの男児が豪語していた通りあたかもソレが付いていないよう父に振舞いました。 それからしばしの無言の後、父は突然思い出したかのように、平生へいぜいの厳格な相好そうごうを崩して破顔しました。


 一つだけ断っておきますと、この時の僕の行動は父母という聖域をけがすという行為には該当させませんでした。 僕が禁忌としているのは、例の「しも」の発言を直接(・・)父母にしてしまう事で、今回のような間接的な行為には何の問題もなく、父のとびっきりの笑顔を見たいが為に、あれだけ苦悩させられながらも聖域は守り続けてきた訳なのでありました。


「ああ、確かに女の子だな」


 父はまだ、笑っていました。 いえ、笑っていたというよりは、笑わされたという表現の方がしっくり来るでしょうか。 やがて父の失笑が止んだ頃、僕は父に色々と取調べを食らいました。


 「どこでそんな事を覚えたんだ」と言われたり「人前ではするなよ」などとも言われてしまいましたが、いずれの言葉にも威圧感は皆無で、至って柔和にゅうわに、大紅葉おおもみじのような手で僕の頭をわしゃわしゃと撫でながらさとしてくれました。


 それから僕を取り調べから解放した父は、やれやれといった面持ちで再び天井を見上げました。 その時の父の横顔に、僕は何故だか哀愁(その頃の言葉で表現するならば寂しさ、と言うべきでしょうか)というものを感じさせられてしまいました。


 僕は当時より、幼心ながら人の言動から心情を読み取るすべだけはどうも人並み以上にひいでていたようで、そして僕はその察知により、父の思惑に気が付いてしまいました。 やはりあの時の言葉通りこの人は、第三子は息子ではなく、娘が欲しかったのだろうと。 その答えに行き着くのに苦労の一つも覚えはしませんでしたが、今度は何故父母が女の子を欲していたのだろうかという新たな疑問が浮かび上がってきましたが、それもまた僕にとって必然の考だったと言えるでしょう。


 「女の子」という概念のピースは一つ見つかりましたが、これだけではまだ真理を説くにはまるで足りていないようでしたので、僕は再びピースを探すことにしました。

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