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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十話 おやすみは言えなくて 7

『――それじゃ聞きたい事も聞けたし、私はそろそろ寝るよ』


 あれから僕は二十分ほど玲さんに今日の花火大会での出来事を語っていて、粗方あらかたの内容を語り終えた頃に玲さんの大あくびが聞こえてきたかと思うと、彼女はそう言って就寝を宣言した。


 時刻は零時四十分前、普段の玲さんの就寝時間から察するに、あくびも出て当然の時間帯だ。 いくら玲さんの方から話を持ちかけてきたとは言え、いささか長く語りすぎたかと反省しつつ、あくびを漏らすほど眠いのを我慢しながらも僕の話に付き合ってくれた玲さんに対し「こんな時間まで付き合ってくれてありがとうございました」と、先の叱責の件も含めて感謝の意を伝えた。


『いーよ。 元々私が話振ったんだし。 んじゃ、おやすみ』

「おやすみなさ――あっ」

『ん?』


 いよいよ通話が終わろうとしていた間際に、僕はどうしても玲さんに聞いておきたかった事柄があった事を今更になって思い出してしまい、覚えず出た声で彼女を引き止めてしまった。


『……どーしたの?』玲さんは眠たげな声で不思議そうにたずねてくる。 彼女の眠いのは明らかであったから、いっその事何でもないですとはぐらかしてしまおうかと考えたけれども、そうした気遣いは玲さんにとっては逆効果だ。


 玲さんも僕に似て、わりかし好奇心の強いところがある。 こんな夜更けに今日の僕のデートの結果を聞いてきたのが良い例だ。 だからこそ僕が彼女を引き止めたにもかかわらず何も話さないとなれば、きっと彼女は先の叱責など比べものにならないほど声をあららげてぷりぷりと怒りをあらわにするだろう。 故に、ここは気を遣わずに言いたい事を言ってしまった方が僕の為でも彼女の為でもある。


 僕は「こればっかりは玲さんに聞いても分からないかも知れないんですけど」と切り出し、古谷さんが風呂へ向かう途中に落とした小さな布の塊を彼女が認識した途端に顔を真っ赤にして部屋を出て行ったのは一体何が原因だったのだろうかという不可解な態度の謎を玲さんにたずねた。


『あぁ、そんなの決まってるじゃないのさ』

 何と彼女は間もなく答えに辿り着いたらしい。

「えっ、何なんですか?」

『キミも鈍いなぁ。 女の子の着替えの中で、小さい布って言ったら一つしか無いでしょうが』

「……それって、もしかして」玲さんの口ぶりで、僕は何となく察しが付いた。

『もしかしなくてもパンツだよパンツ。 いやーキミも大胆だねぇ。 女の子のパンツを手に取ってそれを直接手渡しちゃうんだから。 そりゃあ、あの子も顔を赤くして部屋を飛び出す訳だよ』


「し、しょうがないじゃないですかっ! 古谷さんが落としたのが、その、女性の下着だなんて男の僕に判別出来る筈が無いし 第一僕が拾った時は綺麗に畳まれてたから余計に分かる訳ないじゃないですかっ!」


『そりゃそうかも知れないけど、キミがパンツ拾った事には変わりないしなぁ。 今頃あの子、恥ずかしさのあまり風呂場で失神してたりして。 キミ、助けに行ってあげれば? ついでにキミの大好きな女の子の裸も見られるかもよ?』


「そんな事ある訳ないでしょ! っていうか大好きとか誤解を招くような言い方しないで下さいよ! 興味があるだけですっ!」

『ふーん、やっぱり興味はあるんだ』

「あっ」


『キミって時々天然入るよね。 普段しっかりしてる分、そこは結構かわいいと思うよ。 ま、寝る前に面白い事も聞けたし、今日はよく寝られそうだよ。 んじゃ今度こそおやす――あっ』


 玲さんはさっきの僕見たような調子で就寝の挨拶を言い切る前に『あっ』と言って言葉を止めた後『分かってると思うけど、あの子の家族が誰も居ないからって、絶対しちゃ(・・・)駄目だからね』と意味深な事を言ってくる。


「しちゃ駄目って、何をするのが駄目なんですか」

『えっちな事』

「――えっ」

『おやすみ』

「あ、ちょっと、玲さんっ?」


 僕が彼女の名を呼びかけた時には既に通話は切れていた。 どうやら僕は最後の最後で失態をやらかしてしまったらしい。 こんな事なら古谷さんの下着おとしものの件など掘り起こさなければ良かったと、僕は事が全て終わってからひどく後悔した。


 好奇心にそそのかされるがままに行動するのも考えものらしい。 猫だってそれに殺されるぐらいなのだから、先の玲さんの訓戒じゃあないけれど、今後は僕の好奇心も律していかなければならないように思われる。 何だか僕という人間がどんどん矯正されてゆくような心持だ。 僕は元々歪んでいるから、矯正されて然るべきだとは思うけれど。 それにしても――


「本当の僕を知ってる癖に冗談でも『かわいい』だなんて言わないで下さいよ……。 もうすぐ古谷さんが帰ってくるって言うのに、変な気分になっちゃったじゃないですか」


 半分寝ぼけていたのか、それとも素で言ってきたのかは分からないけれども、僕は玲さんに初めて『かわいい』と言われた。 その衝撃たるや、通話が終わった今もなお僕の胸の動悸どきどきがまったく治まらない程だ。 せっかくぼくに玲さんを意識させまいとしていたのに、肝心の玲さんがあの調子では何の甲斐も無い。 あれが彼女の真っ赤な意図であるとするならば尚更そうした言動を働く理由が分からない。


 玲さんも、もう少し言葉を選んだ方が良いと思う。 ぼくに対しては尚更だ。 そうした彼女に対する不満を胸に抱くも、未だ鳴り止まぬ動悸に掻き消されてたちまち消え去った。

 ああ、頬が熱を帯びている。 身体が熱を持っている。 風邪かしらと首をかしげてみたけれど、どうやら風邪ではないらしい。 病は病でも、また違うおもむきの病のように思われる。 これは医者でも治せそうにない。 ぼくわずらった不徳の恋に特効薬など無いのだから。

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