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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十話 おやすみは言えなくて 1

「ここが私の家です。 ちょっと待ってて下さいね、門の鍵開けるので」


 古谷さんの地元の駅から歩いて五分、僕は連れられるがままに彼女の自宅へ辿り着いた。 あと二十数分で日が変わるほどの深夜帯だから外観などは判然としなかったけれど、彼女の家は一.五メートル程度のへいで囲われており、さらに入り口には門扉が構えてある所を見るに、中々に立派な住まいのように思われる。


 古谷さんはまず門扉の施錠を解いて門を開き、僕が家の敷地内に進入したのを確認した後、内側から再び門扉の施錠を行った。 次に彼女は自身のスマートフォンを取り出し、それをおもむろに玄関のバーハンドル上部にかざしたかと思うと、玄関内部からガチャッという音がした。


 それから古谷さんは「どうぞ、入ってください」と言って玄関を開け、僕が家に入るのを待っている。 しかし先程の奇妙な施錠方法がどうも気になってしまい、僕は足も動かさずに「さっきので玄関の鍵が開いたの?」と彼女にたずねた。


「そうですよー。 本来はカードキーで開けるんですけど、おサイフケータイが使える端末だったら今みたいにスマートフォンでも開けられるんです」


「へぇ、玄関の電子ロックってのは聞いた事があったけど、実際に鍵を開けてるところを見た事は無かったからびっくりしたよ。 でも、カードキーはまだ分かるけど、どうしてスマートフォンで反応するのかな」


「詳しくは知らないですけど、何でもおサイフケータイ専用のICチップ? みたいなのが反応するみたいですね。 私も初めてスマートフォンで玄関の鍵を開けた時にはおおーって驚きましたよ。 すごい時代になりましたよね」


「ほんとね。 何だか時代の進化を目の当たりにしたような気分だよ。 でも、スマートフォンをかざしただけで鍵が開くなら、他の人にも開けられる心配があるんじゃない?」


「いえ、その辺はちゃんとしてるみたいで、最初に登録したカードキーとかスマートフォンじゃないと開かない仕組みになってるんです。 おサイフケータイだからって誰でも彼でも開けられたら泥棒され放題になっちゃいますからね」


 ふんふんとうなずきながら電子錠の仕組みについて教えてもらっていたけれど、僕が家に入らない事には古谷さんも動けないだろうから、僕はほどほどに電子錠についての話を切り上げ、いよいよ古谷さん宅へと進入した。


「お邪魔します」

「いらっしゃいませっ。 電気付けてくるのでちょっとお待ちを」と言って、古谷さんは暗がりの家の中にぱたぱたと小走りで入っていって、間もなく電燈が点いた。 それから古谷さんがまた小走りで玄関へと戻ってきた。


「お待たせしました。 家族は誰も居ないので気は遣わないで下さい。 じゃあ、とりあえず私の部屋に行きましょう。 私の部屋は二階にあります」

「うん、わかったよ」


 古谷さんにうながされるままに、僕は階段をのぼって彼女の部屋があるという二階へと向かった。 そして、先に古谷さんが言った通り、彼女の家族は不在だった。 その理由は、時をさかのぼること三十分ほど前――古谷さんの地元の駅へと向かう電車の中で既に彼女の口から語られていた。



「――ユキくん、今夜、私の家に泊まってくださいっ」

「……えっ」


 あの時、僕は古谷さんにそう言われ、ただただ困惑していた。 彼女のどういった意思が作用してそうした結論に辿り着いたのかは分からなかったけれども、なるほど僕にとってこの上ない申し出だった事は間違いない。


 万が一に暴漢に襲われるかもしれない恐怖を抱きながら駅の休憩所の硬い椅子の上で一夜を過ごすのと、待遇はともかくとして安全かつ心持安らかに床の上で寝られる家の中ならば、後者を選ばない手は無いだろう。 ――しかし、僕はどうしても彼女からの申し出を受け入れる事が出来ないでいた。 その理由は単純にして明快。 古谷さんが、女性だからだ。


 この申し出を提言してきたのが竜之介や三郎太などの男友達ならばまだ、申し訳ないとは思いつつも、僕はその申し出をありがたく受け入れただろう。 しかし相手が女性となれば話はがらりと変化する。


 僕の両親の子供は全員男だったから、そうした場面は見た事が無いけれど、自分の娘が恋人を作って、いざその報告を耳にした時、多くの父親は何かしらの態度をあらわにするという。 それは落胆であったり、動揺であったり、あるいは慟哭どうこくもよおすといった娘思いの父親もいるらしく、そうした娘の恋人事情に対する父の心情にかんがみると、僕が古谷さんの自宅に訪問する事によって彼女の父親にも先の態度のいずれかをいだかせてしまうであろう事は想像にかたくない。 そして、問題はそこばかりでは無い。


 まず、僕と古谷さんは恋人同士ではない。 これは僕も古谷さんも互いに承知している事だけれど、いくら僕や彼女本人が、僕たち私たちはただの友達ですと弁明しようとも、女性が家に男性を招いている時点で友達以上の関係と受け取られてしまうだろう。


 次に問題なのが時間帯だった。 電車が出発してから間もなく時刻は二十三時を回り、古谷さんの地元の駅に到着するのは同刻三十分頃。 彼女の家は駅から五分ほどの距離だと言っていたので、彼女の家に到着する頃には同刻三十五分過ぎ。 どう解釈しようとも『友達の家に泊まりに来ました。 お邪魔します』などと気軽に言える時間帯で無い事は明々白々。


 そしてそれが女性の家ならば尚更だ。 ことによると僕は彼女の父親に、

『こんな夜更けまで娘を連れ回したあげく家に泊めてくれなどと一体全体どの口がのたまえる立場なのか。 まるで厚顔無恥極まりなし笑止千万片腹痛い。 二度と私の娘の前に姿を見せるな』などと大いなる叱責をこうむるやも知れない。

 この二つの原因があったからこそ僕は、彼女の厚意をすんなり受け入れる訳には行かなかったのだ。

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