第二十九話 号砲は耳に響き 5
しばし屋台通りを散策してみたけれど、時間が時間なだけあって、片付けを始めている屋台もちらほら見受けられた。 これは早めに事を済ませないと目当ての屋台が無くなってしまいそうだ。
それからきょろきょろと屋台を見回していると、大通りから少し離れた小道の方に、様々なアクセサリーを陳列させている屋台を見つけた。
大通りの屋台の賑わいに比べるとやけにひっそりとはしていたけれど、数名の客が店の品を眺めていたから、まだ片付けには入っていないらしい。 時間も限られているし、買うならここしかないと断定した僕は、その屋台へと近付いた。
その屋台には、ブレスレットやネックレスなどの装身具をはじめとした様々なアクセサリーがずらりと並べてあって、中には宝石のようなものが装飾されたストラップ、葉や星などを象ったキーホルダーなども備えられていた。
そうして一通り眺めてみたけれど、どの品も中々に良い値段をしている。 とりわけ装身具系統のものが比較的高値らしく、高価なものとなると万を超える品もあったので、その辺の品はとてもじゃないけれど僕の財力では手を出す事は出来ない。
仮に僕の懐が熱くたっても、贈る相手はあの玲さんだ。 やけに高価そうだと勘繰られて、正直に値段を言ったが最後、そんな高価なものが受け取れるかと突っ返されてしまう事は請け合いである。 それなればこそ、僕の財力で賄える値段だとしても、高くて千円あたりが限度額となるだろう。 その点を踏まえ、僕は再びアクセサリーの数々を吟味した。
しかし中々良いものが見当たらない――いや、見当たらなくて当然だ。 第一玲さんに何かを贈ろうとは決めたものの、その漠然的な思考がそもそもの過失だった。 玲さんの好みだとか、印象だとかをまったく気に掛けないで探していては見つかるものも見つからないに決まっている。 だから僕は一旦吟味の目を伏せ、玲さんに相応しいアクセサリーは何だろうと考を巡らせた。
まずは彼女の好みを考えた。 けれど、玲さんと知り合ってから二人でアクセサリーに関する話題などを繰り広げた事は無かったから、その点からは正解を導き出せそうにない。 直接的な解答を期待出来ないとなると、あとは彼女の断片的な嗜好を一つ一つ挙げてゆき、その中から正解に近しいものを選ぶ他無さそうだ。
僕の知っている玲さんの嗜好――きのこパスタが好きと言っていた。 プリンも好きそうだ。 食べ物以外では、確か映画を観るのが好きだった筈だ。 それと、玲さんは薄紅色系統の持ち物を良く携えているイメージがある。 あとは、僕をからかうのが好きかも知れない――これは選考の対象にはなりそうにないから却下。
こうして片っ端から玲さんの嗜好を当たってみたけれど、ほとんどが抽象的な好みばかりでちっとも当てにならない。 その嗜好を参考に玲さんのお気に召すようなアクセサリーは買えそうに無い。 嗜好の方は諦めて、駄目元で印象の方を考えてみた。
玲さんと言えば――思いつきで行動する事が多く、結構わがままで、怒らせると怖い。 ――駄目だ。 これではただの悪口だ。 万が一にもこんな事を本人に聞かれたら大目玉だ。 印象は印象でも、好印象を優先的に考えよう。
玲さんと言えば――女性としては背が高くてスタイルが良い。 目がパッチリしている。 睫毛が長い。 脚が綺麗だ。 ――何だか外見の事しか挙げていないような気もする。 これもあまり参考にならない。 しかし残る印象と言えば、玲さんの人となりぐらいしか残っていない。
玲さんと言えば――いつも朗らかで、聡明で、私の事を知ってもなお僕を僕として接してくれる闊達さを持ち合わせていて、僕にとって彼女は太陽のような存在で――そうだ、僕にとっての玲さんの印象は、太陽だ。
ようやく正解らしい正解を見つける事の出来た僕は、その答えを携えて今一度屋台の品の数々を眺めた。 すると、キーホルダー類の置かれていた場所に、それはあった。 恐らく真鍮製の、太陽をモチーフにしたであろう黄土色のアクセサリー。 大きさで言えば直径三センチほどの大きさで、その商品に値札が付いていたので見てみると、五百円だった。
大きさもほどほどで、派手過ぎず地味過ぎず、値段も手頃、そして時間も差し迫っている事から、僕は玲さんにこの太陽をモチーフにしたアクセサリーを買って帰ろうと決め、年季の入った茶色のテンガロンハットを乙に被った初老の男性店員に「これ、下さい」と先のアクセサリーを指差した。
「はいよ、え~とこれの値段は、と。 ……はいはい五百円ね」
ちょっと間の抜けた態度で僕に対応した店員は僕の指を差した商品をおもむろに手に取り、うんうんと頷きながら値札を検めたあと、そのアクセサリーを小さな紙袋に入れ、僕に手渡してきた。 僕がお金を支払う前に商品を渡してきたので、えらく無用心だなと思いつつ、僕は財布から千円札を出して店員に手渡し、お釣りを貰った後「ありがとうございます」と一言述べ、屋台を去ろうとした――
「――あ、お兄ちゃんちょっと待って」
ところを、思いがけず先の店員に呼び止められたから、どうしたのだろうと訝しみながらも踵を返して屋台の方を向いた。
「どうかしました?」
「あぁ、いや、ちょっとな」
彼は歯切れ悪そうに曖昧な返事をしている。 僕は覚えずはてなと首を傾げた。
「さっきお兄ちゃんが買ったのって、太陽のやつだったよな?」
「はい、そうですけど」
「……月ってのは、どうして光ってると思う?」
卒然とそう問われた時には、哲学か何かだと勘違いしてしまった。 けれど、彼があまりにも真面目な相好で問い質して来たものだから、僕も真面目に
「太陽の光が月に反射しているからだと思いますけど」と応えた。
「そう、そうだよなぁ。 でも、その太陽が無くなったら、月ってのは真っ暗になっちまうと思わないかい?」
「まぁ、確かに」
「だろう? 太陽と月ってのは、切っても切れない関係なんだよ。 そんでここに、さっきお兄ちゃんが買っていった太陽と対になる月があるんだよ。 お兄ちゃんが太陽持っていっちまったから、この月はもう太陽無しじゃ輝けない。 太陽と月はこの世に一個しか無いんだよ。 だから、この月がまた輝けるように、これも買ってやってくれねーかな?」
――なるほどと、僕は委細を理解した。 先程までの長い前口上は僕に他のアクセサリーを買わせようとする啖呵で、よく即興でここまでそれらしい事をつらつらと述べられるなと感心さえした。 しかし、彼が僕に差し出そうとしている三日月をモチーフにしたアクセサリーの値段は、先に僕が購入した太陽のアクセサリーより高く、七百五十円だった。
それを購入出来るだけのお金の余裕はあるけれども、この祭りに来てから食べ物なり何なりで予想以上に散財してしまっていたから、これ以上の無駄遣いはよそうと思い、彼からの押し売りを断ろうとした――矢先、太陽が無いと光る事の出来ない月を僕に見立ててしまい、僕は断りの文句を放つ為に開きかけていた口を一文字に噤み、そうして、考えた。
僕にとっての玲さんは、太陽そのものである。 そして先ほどこの店員の男性が言っていた通り、月とは太陽の光を受けて初めて輝きを放つ事が出来る。 その太陽が無くなれば、月は未来永劫輝く事も出来ず、いつの日かその身を滅ぼし宇宙の塵と成り果てるだろう。
今僕がこの月のアクセサリーを買わなければ、この月は永遠に輝きを放つ事が叶わないように思われる。 それはまるで、僕が玲さんという太陽を失うも同然の事柄である。 そう思った途端に、僕はひどい喪失感に襲われてしまった。
「――太陽だけを持っていって、月を一人ぼっちにさせてしまうのはあまりに可哀想ですね。 分かりました。 その月も買わせて下さい」
「お、詩人だねお兄ちゃん。 よし、お兄ちゃんの心意気を評して七百五十円のところを五百円にしとこう」
かくして僕は本来買う予定の無かった、三日月をモチーフにしたアクセサリーも買ってしまった。 周囲の客には、まんまと彼の啖呵に乗せられたなと思われているに違いないけれど、そう思われていても構わない。 月が居なくなろうと太陽には何らの影響も及ぼさないけれども、太陽という存在が消失すれば月は永久に真っ暗がりの中を彷徨う事になる。
だから、月には太陽が必要なのだ。 これまでも、そして、これからも。




