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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第二十九話 号砲は耳に響き 4

『――以上をもちまして、全てのプログラムが終了した事をお伝えいたします』


 グランドフィナーレを飾るに相応しい超大型スターマインが夜空一面をきらめかせた後、およそ二時間近い花火大会は大盛況を以って幕を閉じた。


 花火が終わった後は、遠方で花火を打ち上げていた花火師達が赤いペンライトらしきものを観客席へ振っていて、周囲の観客も自身のスマートフォンや専用のペンライトを花火師へと振っていた。 アナウンスの説明によると、それはエールの交換という、長時間花火を打ち上げ続けて僕達を幻想的な世界へといざなってくれた花火師に対する感謝を伝える行為らしい。


 なるほど一人一人が発する光源としては弱々しいけれども、それが何千何万の光の連なりとなれば、それはまさしく花火師達にとっての『花火』と成り得るに違いない。 だから僕と古谷さんも、光らせたスマートフォンを持った腕を花火師達に向けて振り、火花の一つとしてエールに参加した。



「いやぁ、凄かったね花火。 何だか凄いを通り越して感動しちゃったよ」

「特に最後のは視界に入りきらないくらい大きかったですよねー。 去年より凄かったかもです」


 ほどほどにエールの交換を終え、それから観客席を後にした僕達は人々の流れに従って帰路に着いていた。 しかし人が多い。 それほど狭くは無い道の筈なのに、道幅が分からなくなるぐらいに周囲は人でごった返している。


「やっぱり帰りの方が混みそうだね」

「来る時はまばらですけど、帰る時は一斉ですもんね。 来場者の少なかった去年でさえ四十分くらい渋滞してたほどですから」


 僕の当初の憶測は少々甘かったらしい。 この人口密度にかんがみると、父の言っていた通り一時間ほどの渋滞は覚悟しなくてはならないかも知れない。


 現在時刻は二十一時半を少し回ったところ。 僕の地元へ戻れる最終便が二十二時四十分過ぎの電車だから、少なくとも二十二時過ぎ発の電車に乗る事は叶わないだろう。 恐らく最終便には間に合うとは思うけれど、今頃になってちょっと心配になってくる。 しかし、ここで狼狽うろたえてしまっては、また古谷さんに気を遣わせてしまう事になるから、最低限の緊迫感は残しつつ、出来る限り平然に振舞えるよう心を強く持った。


「まぁきっかり一時間待たされても電車には十分間に合うと思うから、人の流れに逆らわないで歩いてれば問題ないでしょ」


「そうですね。 それに屋台通りの方へ出ればもっと流れがスムーズになると思うので、今はこのまま進むのが賢明ですね」


 そうして僕達はのそりのそりと確実にあゆみを進めた。



 ――二十二時過ぎ。 想定していたよりも早く屋台通りに出る事が出来た。 屋台通りの道は花火会場近辺の道と比べると二倍近く横幅が広いから、普段と変わりないペースで歩く事が出来る。 ここに辿り着くまでは電車に乗り遅れるかも知れないという懸念が僕を定期的に襲って少々心持が悪かったけれど、もうその懸念に悩まされる事も無さそうだ。


  そうしてしばらく屋台通りを歩いていた途中「……あの、ユキくん」と、いやにばつの悪そうな口ぶりで古谷さんが僕を呼んだ。


「ん、どうしたの?」

「あの、実は、ちょっとお手洗いに行きたくなっちゃって」


 なるほど言い出し辛い筈だと、僕は先の彼女の歯切れの悪かった理由を理解した。


「それじゃ僕はその辺で待ってるよ」

「はい。 ……でも、トイレ、結構混んでるみたいで」


 古谷さんの眺めていた方を見て見ると、そこには簡易トイレが六台程度設置されていて、その全てのトイレの前に女性が六、七人ほど列を成していた。


「あの混みようからすると、多分早くても十五分くらいは掛かるかも知れないんですけど、ユキくん、電車の時間大丈夫ですか? もし間に合いそうになかったら私の事は気にしないで先に帰ってくれてもいいので」


 古谷さんに電車の時間の事を言われ、僕は改めてスマートフォンで時間を確認した。 現在は二十二時十分ちょうど。 覚えている限りでは駅から屋台通りまでは十分も掛からなかったから、このスムーズな人の流れから推断するに帰りもまた然りだ。 よって、古谷さんのお手洗いを待っていても十分じゅうぶん電車には間に合うだろう。 そもそも、古谷さんを置いて一人帰路に着くなどという薄情な事をするつもりも無かったから、どのみち僕が取らなければならなかった行動はただの一つしか無い。


「ううん、時間的にはまだまだ余裕あるから待っとくよ。 僕の事は気にしないで行ってきたらいいよ」


「わかりました。 お手洗いが済んだら連絡入れるので、もしお暇だったら屋台とか見ててくれてもいいですよっ」と言い残して、古谷さんはトイレの方へと走っていった。


 あまりこういう事を想像するのはやましい気がして気がとがめてしまうけれど、駅に着いてからお互い一度もお手洗いに行っていなかったから、恐らく彼女はそれなりに切羽詰まっていたのかも――ああ、やはりいけない。 こういう想像は彼女をおとしめているような気がしてならない。 金輪際よしておこう。


 しかし古谷さんの言っていた通り、あの行列から察するに事を済ませるには早くとも十分以上は掛かるだろうから、それまで立ち呆けているのも勿体無い。 彼女の気遣い通り、少しの間だけれど屋台を冷やかすのも悪くない。


 それに、玲さんのデート指南教示のお礼として、彼女に何かしらのお土産でも買って帰ろうと思っていたから、このわずかな時間は僕にとって丁度良い機会だったのかも知れない。 だから僕は特に迷いも無く、一人ぶらりと屋台通りの方へ足を運んだ。

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