第二十九話 号砲は耳に響き 3
「――さっきのも中々迫力あったね。 明る過ぎて一瞬今が夜って事を忘れそうになったよ」
「凄かったですよねー。 あのスマイルマークとかどうやって作ってるんでしょうか」
オープニングの大型スターマインから始まった花火大会も早や中盤。 僕と古谷さんは各プログラムが終わる度に打ち上げられた花火の品評をしていた。
花火の規模で言うと、さすがこの近辺で一番大きな花火大会というだけあって、今のところどのプログラムも見ごたえ抜群の迫力だった。 恐らく僕がこれまで赴いたどの花火大会よりも質が高いと思う。
正直なところ、ここの花火を見るまでは花火なんてどこの地域で見ようともそれほど変わり映えはしないだろうなどと知った風な事を思っていたけれど、それはまったくの思い違いだったのを痛いほど思い知らされた。 所変われば品変わるとはこの事だろう。
「そういえば、ユキくんって花火大会とかよく行くほうなんですか?」
「んー、小学校低学年頃までは家族で毎年見に行ってて、高学年ぐらいからは友達と行ったり行かなかったりだったから、毎年行ってるって訳じゃなかったね。 だから今回も数年振りの花火だったんだ」
「そうだったんですね。 私は毎年どこかしらの花火大会に家族で出かけるのが恒例の行事みたいになってたので、今日のが生まれて初めての家族以外の人との花火大会ですね」
どうやら古谷さんはこれまで友達と花火大会に行った事が無かったらしい。 だからこそ彼女は普段とは比べものにならないほどに羽目を外して今回の僕との花火大会を楽しんでいたに違いない。 ただ、その相手が僕で本当に良かったのだろうかという疑問は勿論ある。 ひょっとすると、事ある毎に弱気になってしまう僕よりも、同性で気の合う平塚さんと共にこの花火大会へ赴いた方が彼女もより楽しめたのかも知れない。
けれど彼女は僕を選んだ――いいえ、選んでくれた。 数ある選択肢の中から自分が選ばれるという事が嬉しくない訳がない。 なればこそ僕もまた、そうした彼女の想いに応えてあげなくては不義理だ。
「なるほどね。 その点で言えば僕も実は女の子と二人きりで花火大会に行った事は無かったから、今回のは女の子と初めての花火大会になるかな」
次のプログラムが始まったのか、また花火が打ち上がり始めた。
「えっ、そうだったんですか?! 歩く速度を私に合わせてくれてた時といい、内緒でクレープを買ってくれてた時といい、すごく慣れてた感じだったのでてっきりユキくんはこういう場に慣れてるものだとずっと思い込んでましたよ」
打ち上げが始まった花火を見ようともせず、古谷さんは僕の顔を見上げながら、僕が実行したデート指南の数々を引き合いに出している。 その時の彼女の口ぶりが、まるで僕がデートの達人見たような言い草だったから、少し照れ臭くなって目を逸らし、花火を見上げた。 しかし、その勘違いを肯定する訳にも行かず、また、否定しない訳にも行かず、ならばこの際ありのままを話してしまおうと思い立ち、再び彼女の方を向いた。
「ううん、慣れてるどころか、僕はデートすらした事も無かったよ。 だから今日の古谷さんとの花火大会は、捉え方によっては僕の初デートって事になるかもしれないね」
そう言い終えてから、僕はまた花火を見上げた。 今打ち上げられている花火は、どうやら色々な図形を形取った変則的な花火らしい。 四角、楕円、中には果物のような形の花火もあった。
「えっ?! デートだなんて! ユキくん、大袈裟ですよっ」
×印のような花火が上がった。 古谷さんはまだ花火を見ようとしない。 そればかりか少し取り乱した様子で俯いてしまっている。 僕はまた一人花火を見上げた。
「僕はそう思っていたかったんだけど、やっぱり大袈裟かな」
△らしき花火が上がった。
「……ユキくんがそう言ってくれるなら、それでいいと思います」
○見たような花火が上がった。
「じゃあ、今日のこれは二人のデートって事にしようよ」
「……はいっ」
「あ、見て古谷さん、今面白い形の花火が上がってるんだよ」
「えっ? どれですか?」
僕が古谷さんにそう促した後、ピンク色の♡の花火が上がった。 デートだの何だのと浮ついた事を言っていた矢先、偶然にもそうした恋愛事を意識せざるを得ないような形の花火がタイミング良く打ち上がったものだから、僕達は顔を見合わせて大いに笑い合った。
そうして花火に照らされた彼女の笑顔は、他の誰よりも、今まで打ち上げられたどの花火よりも煌いて見えた。




