第二十八話 祭の匂い 7
僕の隣の男が僕の肩に回していた腕を引き上げて、慌てた様子で声のした後方を振り向いた。 僕の身体も男の腕から解放されたので、隣の男と同様にして後ろを振り向いた。 そこには、頭にねじり鉢巻をし、眉間に憤怒の色を乗せ、腕組みをして仁王立ちしている三十台前後の屈強な男性が佇んでいた。
そして僕はこの男性に見覚えがあって、その顔を見るや否や彼の事を思い出した。 それは見覚えもあるはずだ。 その人は、僕達が最後に立ち寄った集合屋台のから揚げ屋を営んでいた店主だったのだから。
「な、何だよ、誰だよコイツ。 もしかしてお前が呼んだのか?!」
「いや、僕は、何も」
僕達の前に現れた店主のいかにも男らしい姿とは裏腹に、相変わらず僕はしどろもどろで彼らに怯えたまま。 古谷さんには見せたくない醜態だ。 穴があったら入りたい。
「あぁ? その子らは何もしてねぇよ。 俺らの店の前で何も買わずに、そのうえ俺のお客さんに鬱陶しく絡んで下品に馬鹿笑いしてるクソガキどもを見つけたから一言注意しに来ただけだよ」
店主はドスの利いた低音声で、僕と古谷さんを除いた男三人に対し明確な敵意を向けた。 一対三という不利な状況下にもかかわらず店主は一歩も引かずに男達を鋭い眼光で睨みつけ、威圧し続けている。 逆に男達の方が店主の迫力に圧倒され、黙りこくってしまっている。
そうして、一触即発の空気が漂っている中、古谷さんの横に座っていた煙草の男がいやに落ち着いて新しい煙草を付け直し、例の脂下がったような様子で一息吸い込んで口から煙を吐き出したかと思うと、店主の顔をじっと見て、
「――いやだなぁおじさん、ボク達は全員友達っすよ? 学校は違っててしばらく会ってなかったんすけど、今日の花火大会でたまたまばったり出逢って、いま数年振りの感動の再会を噛み締めあってるトコなんすよー」などと白々しい事を言って僕達に絡んできたのを誤魔化そうとしている。
「……! そ、そうそうっ! 久しぶりに会ったもんだから嬉しくてついついはしゃいじゃってさぁ! いやー、うるさくて迷惑掛けてたなら申し訳ないっす!」
煙草の男の機転をこれ幸いと感じ取ったのか、古谷さんの隣に座っていた黒マスクの男も煙草の男の話に乗じ、即興で口裏を合わせようとしている。 その後二人は、僕の隣に居る正面の黒マスクの男にあからさまな目配せをしていた。 恐らく、自分達と同様に口裏を合わせろとアイコンタクトを取っていたのだろう。
「――そーなんす、そーなんすよぉ。 その中でも俺らは特に高校の同級生の中で仲良かったんでぇ、ついハメを外しすぎちゃうんでよく周りに怒られるんすよぉ。 なぁ! トモヤ!」
かくして酒飲みの黒マスク男はトモヤなどという聞き覚えの無い名前で僕を呼びながら、再び僕の肩に腕を回してくる。 背筋がぞわっとした。 今すぐこの男達の白々しい供述のまったく出鱈目なのを店主に告げたい。 けれど、再度肩に腕を回されて体が竦んでしまった僕に、それだけの度胸が沸いて来る筈も無く、僕はただこの男達の跋扈しているのを呆然と見ているしか無かった。
「――お前ら、酒とか煙草やってるけど、ちゃんと成人してんだろうな」
ひと通り男達の言い分を聞き終えた後、眉間から少し怒りの色を取り払った店主は、男達の年齢を調べようとしている。 今のところ、僕らと男達の間柄には口を挟まないようだ。
「当然っすよー、ボクら今年で二十一っすから。 何なら免許証見せてもいいっすよ?」
煙草の男の態度は果てしなく軽い。 しかし、あくまで自分達が不利な状況に置かれているにもかかわらず自信満々に免許証まで見せると公言したのだから、恐らく年齢に関して嘘は付いていないのだろう。
「そんなら一応確認させてもらおうか。 ウチの店にも酒類は置いてあるし、未成年に飲酒させる訳にはいかねぇからな」と言って、店主は煙草の男に免許証の提示を依頼した。 煙草の男は何の躊躇いも無く自身の財布から免許証を取り出して「どうぞ」と店主に差し出した。
「――うん、うん、確かにちゃんと成人はしてるようだな。 ほら、免許証返すよ。 歳疑って悪かったな」
店主は受け取った免許証をしばし眺めた後、年齢を疑ってしまった事に対する詫びをしてから煙草の男に免許証を返却した。
「いやいや、分かってもらえたならいいんすよ。 ところでアナタ、お店してるって言ってましたけど、何かオススメのものあります? 急にお腹空いて来ちゃって」
「おぉ、それならウチの所でから揚げやってるから良かったら買いに来いよ! ウチの店のから揚げは自称日本一だからうめーぞー」
煙草の男が巧く話頭を転じた事により、当初の僕たちに絡んでいた話は煙の如くすっかりどこかへ消えてしまった。 ことに煙草の男は先ほどまで敵意を向けられていた店主さえも篭絡してこの場を治めようとしている。 まったく抜け目の無い男だ。 呆れを通り越して清々しささえ感じる。 しかし、そう呑気に現状を把握している場合でも無い事は分かっている。




