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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第二十八話 祭の匂い 5

 それから頬の熱も冷め切って、また古谷さんと談笑していた最中さなかに、僕は不穏な空気を感じた――いや、空気というよりは、視線である。 先の古谷さんとのやり取りの途中にも感じていたそれは、当初は僕達が公衆の面前でいちゃいちゃ(・・・・・・)などしていたからだと思ってはいたけれど、それならば、僕達がやり取りを終えた時点でその視線はくうに溶けて然るべきである。 けれども、今はそうした素振りすらしていないにもかかわらず、僕の感じている視線は一向に溶ける事も無く、ましてや濃度を上げようとさえしている。


 何か言葉に出来ない危機感が、僕の内側から警鐘けいしょうを鳴らし続けている。 この場所から離れた方が良いのだろうかと思案し始めた時には、例の視線は僕達のすぐそばまで接近してしまっていた。


「いやー、さっきのラブラブっぷり良かったよ君たち。 見せ付けてくれるねー」


「つーか君ら高校生ぐらいっしょ? その歳で恋人居るとかマジ羨ましいんだけど? 俺の高校ん時なんて女友達すら居なかったっつーの」


「そりゃそうだろお前。 あんなオタクくせぇヤツに女が近寄るかっての」


 卒然と僕達のテーブル席へ近寄ってきたのは、見ず知らずの男性三人だった。 全員明るめな茶髪系の髪色をしていて、三人の内二人は黒いマスクをしている。 マスクをしている二人の内の一人は色眼鏡を掛けていて、片手に缶ビールをたずさえている。 マスクをしていない一人は片手に煙草をくゆらせていて、時折それを吸ってはやに下がったように天へ向かって煙を吐いている。 服装はカジュアル風で、全体的な雰囲気から察するに、恐らく新成人辺りの年代だろう。 少し威圧感がある。


 それから彼らはしばし内輪でああだこうだと言い争いまがいの口吻こうふんで各々の主張を言い合っていて、それが終わったと思うと、いきなり煙草持ちの男が古谷さんの隣の席に座って、


「ねぇ、良かったら俺にもさっきのあーんしてよ」

 などと、軽率な事を言い始めた。


「いや、その」古谷さんは完全に狼狽ろうばいし切っている。


「うーわフラれたよショックー。 彼氏には出来て俺には出来ないとか差別じゃない?」

「差別じゃねーよ、区別だよ。 あれ、今俺めちゃめちゃカッコ良い事言った?」

「やべーお前それSNSに上げたら超バズるわ」


 一通りやり取りを終えた後、三人はどっと馬鹿笑いをした。 一体、この人たちは何が目的で僕達に近付いてきたのだろう。 一向に解せないでいる。


 すると今度は、缶ビールを持っていた黒マスクの男が僕の方へと近付いてきて、僕の隣の席に座ったかと思うと、馴れ馴れしく僕の肩に腕を回して「酒、飲む?」などと軽い口調で飲酒を勧めて来た。 その時の彼の口から吐かれた息がひどく酒臭く、その空気を一息鼻から吸いこんだだけで一気に気分が悪くなってしまった。 いや、気分が悪くなったのはおそらく酒気にてられたからだけではない。 主な原因はこの男の軽々しいスキンシップに他ならない。


 僕は、男性に身体を触られる事がすこぶる苦手なのだ。 今でこそそれなりに我慢出来るようにはなったけれど、それこそ顔見知りの時分、三郎太に不意に肩を組まれた時などはうまく取り繕うことも出来ずに顔が引きつってしまい、三郎太を驚かせてしまった事もある。 それほどまでに僕は男性に身体を触られる事を滅法嫌っているのだ。


 そして、同じクラスの顔見知りの同級生でさえそれほどの拒否反応が出るのだから、まったく見ず知らずの年上の男性が同様の接触を果たしてくるとなると不快感は一気に跳ね上がる訳で、先程まで古谷さんと育てていたほがらかな空気は一瞬で彼方かなたへ消え去り、僕の心持は鼻のひん曲がるような溝水どぶみずを頭上から浴びせ掛けられたかの如く、消沈してしまっていた。


 僕は隣の男の酒臭いのと馴れ馴れしいのを我慢しながら閉口を貫いている。 古谷さんも煙草の男と、いつの間にやら彼女の隣に座っていたもう一方の黒マスクの男に両端から詰め寄られ、完全に困窮こんきゅうしている。 そうして、彼女が見ず知らずの男達に言い寄られている様を改めて目の当たりにした瞬間――僕の脳裏に過ぎったのは、たった一つの単純な使命だった。


"僕が、古谷さんを守ってあげなければならない"


 その思考が、僕の男としての思考なのかは分からなかった。 けれど、今はそんなどうでもいい事を考えている場合でない事は僕でもさすがに理解している。

 なるほど突如現れたこの男達は僕らにとって不愉快な存在ではあるけれど、果たして、道行く人から見て彼らは悪者に見えるだろうか。 否。 祭事の際の他人の人間関係を注視する者など、居やしないに決まっている。


 それこそ、もっと大々的に僕達を罵倒したり、暴力紛いの行動を起こしていれば、善意有る人が仲裁に入ってくれる可能性もあった。 けれど、彼らは時折馬鹿笑いをするぐらいで、僕達に絡んでいる時はいやに落ち着いているものだから、はたから見れば僕達五人は気が置けない友人グループとして道行く人に勘違いされている可能性も有る。


 以上の観点から推断するに、周囲からの手助けは少しも期待出来なかった。 それなればこそ僕が、古谷さんを守ってやらなければならない――という事実は痛いほどに承知しているのだけれど、未だにこの場を丸く治め、かつ彼女を安全に助け出す方法が見出せない。


 真っ先に思いついたのは実力行使、喧嘩であった――けれど、僕は生まれてこのかた喧嘩なんてした事が無い。 しかも相手は明らかに年上であろう若い男三人。 僕が何かしらの武器を持っていたって勝てっこないだろう。 それに昨今では些細なトラブルから重大な暴力事件にまで発展したというニュースも度々(たびたび)目にしていた事から、よし僕が街一番の喧嘩屋だったとしても、古谷さんの安全を第一に考えれば、暴力で解決を導こうとするのははなはだしき愚昧ぐまいである。


 そうした理由から第一案を早々に捨て去り、次に思いついたのは平和的話し合いである――話し合いとは言ったものの、要は彼らが何の目的で僕達に近寄ってきたかは分からないけれど、彼らの僕達に対する興味が失せるまで適当に調子を合わせてこの場をしのぐという方法だ。


 第一の喧嘩案に比べると確かに平和的で現実味がある。 だけれど、彼らの目的が判然としない以上、いくら調子を合わせていたって彼らが本当に僕達への興味を無くしてこの場を去ってくれるとは限らないし、彼らの目的が、僕が最悪のケースとして考えていた『公衆の面前でいちゃいちゃしていた僕達をねたむが故の恣意しい的な八つ当たり』であるとしたら、第二の案を遂行し続けるのは徒労以外の何ものでもない。 それこそ彼らの思う壺だ。


 それで無くとも、僕はこの第二案だけは承知出来なかった。 何故なら、この案を実行に移してしまうと、彼らの興味が失せるまで古谷さんを彼らの悪意のもとさらし続けなければならなかったからだ。


 古谷さんも人見知りの嫌いがあると以前に聞いていたから、彼女も僕と同様の――いや、彼女の場合は得体の知れない男二人に挟まれた上、身体に接触しかねないほどに詰め寄られているから、きっと僕以上に恐怖と嫌悪感をもよおしている事だろう。 そうした状況下に彼女を何分何十分も放置しておけるほど、僕も大人しくは無い。

 僕は、両拳をぎゅっと強く握り締め、そして――覚悟を決めた。

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