第二十八話 祭の匂い 2
駅から十数分歩いたのち、僕達は屋台通りへと辿り着いた。 普段は車の主要道路として使用されているらしい道が花火大会の為に車両通行止めとなっていて、その道を花火の見物客らが大勢往来している。 古谷さんの言っていた通り、この人だかりでは人の流れには到底逆らえそうにない。
道路の両側の歩道には様々な屋台が隙間無く設営されている。 屋台の種類はお馴染みのわたあめだったり、かき氷だったり、焼きそばだったり、たこ焼きだったり、から揚げだったり、中にはドネルケバブ屋なる珍しい屋台もあって、その屋台を見つけた時は古谷さんと顔を合わせて二人して驚いた。
こうした祭り時の食べ物関係の屋台は回転率を重視しているから、同時に複数客の商品を作ることができ、ある程度の作り置きが出来て、かつ商品を購入した人がその場ですぐに食べられるというお手軽さが大事なのだと聞いた覚えがある。 つまり、店側として手間が掛かれば掛かるほど売上は落ちてしまう。 それぞれの屋台で毛色こそ違えど、先述したわたあめや焼きそばなどのシンプルかつ普遍的な屋台が数多く出回っているのは、その辺りの事情が関係しているのだろう。
だからそのドネルケバブ屋も例によって、ドネルケバブとは銘打ってあるけれども、大掛かりな設備は無く、ある程度完成された食材を使用し、注文があればその場で包んでドネルケバブ風にして売りに出していると思っていた。
けれど、その屋台にはドネルケバブの肝とも言える、専用の串に差された肉の塊がちゃんと用意されていて、実際にその肉の塊から肉を削ぎ落として商品として提供しており、当初の予想から外れてあまりにも本格的だったから二重に驚かされた。
道行く人々もその物珍しさに惹かれたのか、僕達が屋台通りでその屋台を見かけた時点で屋台周辺には既に人だかりが出来ていた。 確認は出来なかったけれども恐らく行列もあったろう。 屋台として回転率はあまり良くは無さそうだけれど、確かに一見のインパクトは大きい。 宣伝効果は絶大だ。
ことに屋台の店主もこれまた欧州系統の彫りの深い顔立ちに髭をたくわえた恰幅の良い外国人で、丸太のような腕から繰り出される包丁捌きで豪快に肉の塊を削ぎ落とす様はまさに圧巻。 非常に赴がある。 その調理過程を見せているだけでも見物料が取れるのではと思ってしまうほど抜群の雰囲気である。 並んででも食べたいという気持ちも大いに理解出来る。
実際僕達二人も妙な雰囲気に中てられて、是非それを食べてみたいと購入意欲をそそられていた。 しかし遠目から見ても分かるほどの人だかりで、下手に並べば十数分は待たされるかも知れないからと一先ずは購入を見送った。 後で再度覗いてみて、人だかりが落ち着いていれば食べてみようと話し合った。
そうして、ある程度の目星を付けながら屋台を見回り終わったのが十八時半。 花火が上がるまではあと一時間ほどあるから、これからお目当ての屋台数店へ赴いて腹ごなしをする時間としては十分だ。 ひとまず僕達は主要通りから外れ、何を食べようかと互いの意見を出し合った。
「どれも美味しそうでしたけど、やっぱり最初はたこ焼きか焼きそばじゃないですか?」と古谷さんが真っ先にそう提言した。
「だね、僕も屋台で見た時からずっと食べたかったんだ。 でも、から揚げも美味しそうだったなぁ」
「から揚げもいいですよねっ。 ――どうせだったら、二人で食べられそうな範囲で気になるもの全部買ってまとめて食べません? 一つの食べ物で満腹になるよりは、色々食べてお腹いっぱいになるほうが満足感ありますし」
「うん、それがいいね。 じゃあ早速買いに行こうか」
「はいっ!」
あれこれ悩むぐらいならば全部買ってしまおうという古谷さんの大胆な発想がいかにも祭りの喧騒的な思考らしかったので、僕はその提案を二つ返事で承諾し、また二人で屋台通りへ出て、目当ての物を買う為に各屋台に足を運んだ――
「――結構、買っちゃいましたね」
「そうだね。でも、これぐらいなら十分食べられると思うよ。 ――でも、椅子に座ってテーブルで食べられるなんてラッキーだったね」
目当ての物を買い終えた僕達は屋台通りから抜けて、屋台通りより少し離れた辺りに中規模程度に展開している集合屋台の前方に設置されていたテーブル席に着いていた。
どうやらその集合屋台を経営する人たちが用意したものらしく、テーブルと椅子自体はアウトドアなどで使用されている折りたたみ式のものだったけれど、当初はその辺の段差に腰掛けて食べようかと話していただけに、たとえ簡易的な椅子であったとしてもまともに座れるのと座れないのとでは天と地ほど差があるから、実にありがたい。
「ですよねー。 結構歩いたから足も疲れてたし、荷物も多かったからテーブルがあるのもありがたいです。 あの屋台の人が教えてくれて本当助かりましたね」
古谷さんの言う通り、このテーブル席は僕達が最後に立ち寄った集合屋台でから揚げを購入した際に店の人から「君ら荷物多そうだし、今あそこのテーブル空いてるから良かったら使うといいよ」と親切に教えてくれた事がきっかけでこのテーブル席に着く事となったのだ。
「ほんとね。 食べ盛りキャンペーンって事でから揚げも一つおまけしてくれたし、最後に来たのがここで良かったよ。 それじゃ、冷めない内に食べよっか」
「ですね! じゃあ、いただきますっ」とにこやかに食前の挨拶をした後、古谷さんはナイロン袋に入れていた屋台の品の数々をテーブルの上に並べ始めた。 僕もその間に「いただきます」と静かに挨拶した。




