幕間 勘違い 3
「ところでお前が綾瀬のノートを写してないってのは分かったけど、じゃあ何しに毎回毎回綾瀬のところに行ってたんだ?」
竜之介が優紀の為の授業ノートを執り終えた後、三郎太は以前よりずっと気に掛かっていた件について彼に訊ねた。
「あぁ、授業で分からんところがあったから、そのつど優紀に聞きよったんや。 あいつ頭ええからな」
「……何だよ、じゃあ結局全部俺の勘違いって事かよ。 ――ったく、自分で自分を殴りたい気分だぜ」
三郎太はすっかり自己嫌悪に陥っていた。 いくら以前から気に食わなかったとはいえ、何の確証も無しに竜之介の行動一つ一つに目くじらを立て、剰えざまぁみろだの反省しろだのと知った風な口吻で彼を責め立ててしまっていたのだから。 そして、その過ちは償われて然るべきであると、三郎太は覚悟していた。
「――よし、リュウ! お前、俺を制裁しろ」
「ん、いきなり何を言うとるんやお前は。 別にお前は制裁加えられるほど俺に何もしてないやろ。 何でそんな事せなあかんねん」
「いや、お前は知らないで当然だけど、とにかくそうしてもらわないと俺の気が済まないんだよ! 脳天に拳骨食らわせてくれてもいいし、頬にビンタかましてくれてもいいぜ」
「そうは言うてもなぁ、理由も分からんのにそんな事するのはさすがに気ぃ引けるし、そもそも頭なんか殴ったら俺の手ぇも痛いやろが。 ――ほんだら、でこピンでどうや? それやったらやったるわ」
「でこピン? んー、何か迫力に欠けるけど、お前がそれで納得してくれるんならそれでいいや。 ほら、お前の気が済むまででこピンしてくれ」と三郎太は自身の前髪を両手でかき上げて、額をまったく露出させた。
「一発以上でもええんか? 俺のデコピンは結構痛いど?」
「構わねぇよ。 どうせでこピンの威力なんて知れてるし、数発は貰っとかないと俺の気も済まないからな」
「わかった、お前の覚悟は受け取ったで」
いよいよ竜之介は親指と中指ででこピンの形を作り、三郎太の額の前に待機させた。 それから「ほんだら行くで」という掛け声の後、竜之介は中指を弾いた。 そして指が三郎太の額に当たった瞬間、硬い物同士を勢い良くぶつかり合わせたような鈍く重い音が辺りに響いた。
「……痛っ――――――たぁぁぁあああああ!」
三郎太は額を押さえながらたまらず絶叫した。 その叫びは、教室で机に突っ伏して眠りこけていた男子生徒が飛び起きるほどの声量だった。
「どうや、結構痛かったやろ」
予想以上の反応を示してくれた三郎太を眺めながら、竜之介は得意げにそう言った。
「結構どころじゃねぇわ! 何だその凶器は! 指に何か付けてたのかよお前っ!」
竜之介のでこピンを食らった瞬間、三郎太の目にはちかちかと星が舞った。 それから、じんじんと猛烈な痛みが額を襲った。 まるで壁か何かに頭を思い切りぶつけた時のような激しい衝撃だった。 三郎太は彼のでこピンをそう評していた。
「んなもん持っとる訳ないやろが。 見てみい、俺が使うたんはこの指一本や」と言いながら、竜之介はでこピンの形を作って中指を数回空に弾いた。
「マジかよ……どんだけ威力あんだよお前のでこピン」
「ちなみにさっきのは中ぐらいの威力や。 俺が本気出したらでこピンで割り箸割れるからな。 んじゃそろそろ第二ラウンドと行こか」
「は? 何だよ第二ラウンドって」
「何寝ぼけとんや。 お前が言うたんやぞ? 俺の気ぃが済むまででこピンしてもええって」
「いや、あれは、その、そういうノリっつーか、ああ言った方がお前もやりやすいと思って――っていうか、お前のでこピンがそんなバケモンみたいな威力だって知ってたら一発でも拒否してるわ!」
「まぁそう言うなや、お前も吐いた唾飲むん嫌やろ。 男らしく往生せいや」
「――そこまで言われたら逃げられるかよ! おら! 今度は本気で打ってこいよ!」
「ええ度胸や、今度は手加減せぇへんで」
竜之介はにやりと笑みを浮かべた後、手の甲に青筋が浮かび上がるほどに親指で中指をしならせた。 それから間もなく、竜之介のでこピンは再度三郎太の額を襲撃した。
「痛あああああああああああっ!!」
そうして三郎太は、計三発のでこピンを以って自らの罪を祓い終えた。
後に彼は語る。 「あいつのでこピンを数発食らうぐらいなら、一発殴られた方がマシだ」と。




