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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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幕間 勘違い 1

前話で千佳の語った三郎太と竜之介の関係の補足話です。

時系列で言えば第一話以前のお話となります。


 朝のホームルーム時、三郎太は優紀の席を見て、彼が今日学校へ来ていない事を知った。 後の担任の先生の話によると、彼は季節はずれのインフルエンザにかかってしまったらしい。 入学して間もなく一週間も休まなければならないとはあいつも運が無いなと、三郎太は優紀の境遇に同情した。


 それはそれとして、と、三郎太はある人物を視界に移した後、片側の口角を吊り上げてにまりとほくそ笑んだ。 三郎太の見ていた人物とは、竜之介の事である。


 三郎太の腹の中はこうだった――じんの野郎、普段真面目に授業を受けてないから、いつも授業が終わったら綾瀬の所へ行ってノートを見せてもらっているようだ。 しかし綾瀬が一週間丸まる居ないんじゃあ、自分で素直にノートを取るしかないだろう。 普段から人をこき使って楽してるからこうなるんだ、ざまぁみろ。


 ――三郎太は、竜之介を毛嫌いしていた。 どうにも奴の達観した態度が気に入らない――何に対してもとりわけ興味を示さないあの冷徹な目が気に入らない――まるではばかりの無い攻撃的な関西弁が気に入らない――そうした言いがかりまがいの理由を胸中にこしらえて、彼は入学直後から竜之介の存在を一向に認めなかった。


 今日も例によって、彼は自分の席から竜之介の背中を眺める度に不愉快な心持を抱いていた。 しかし、今日のそれは普段とは味が違っている。 他人の不幸は蜜の味とは言うけれど、これほどまでに濃密だとは思いもしなかった。 いつも不愉快にさせられている分、今日は奴の不幸から滲み出ている蜜の甘きを吸い尽くしてやろう――三郎太はすっかり竜之介の不幸の甘きに舌鼓したづつみを打っていた。


 それから一時間目の数学が終わった。 三郎太は竜之介の座席へと目を向けた。 何やら机に向かってペンを執っている。 おおかた、頼みの優紀が居ないから、授業が終わった今もなお、必死に授業内容をノートに書き写しているのだろう。 そう確信した三郎太は、ふんと鼻を鳴らした後、心の中で "ざまぁみろ" と呟いた。


 程なくして二時間目の国語も終わった。 三郎太は竜之介の座席へと目を向けた。 やはり机に向かってペンを執っている。 三郎太はいい気味だなと、やはり鼻を鳴らして竜之介をあざけった。


 そうして三時間目の体育を終えた後、教室で制服に着替え終えた三郎太は竜之介の座席へと目を向けた。 既に着替え終えていた竜之介は何故か机に向かってペンを執っている。 なにかおかしい。 三郎太は妙な違和感を覚え始めた。


 二時間目の授業内容を今更書き写しているのだろうか。 しかし、黒板は綺麗さっぱり消されていて、先の授業の内容などこれっぽっちも残っちゃいない。 じゃあ、誰かからノートを借りて書き写しているのだろうか。 いや、俺の見ていた限り、あいつが誰かと接触している場面も無かった。 ならばあいつが今必死に書き写しているあれ(・・)は、何だ。 三郎太はたまらず立ち上がり、竜之介の座席へと向かった。


「よう、一時間目からノートの書き写しに精が出てんな」

「……」


 三郎太の嫌味ったらしい口吻こうふんを横から受けた竜之介は動揺を呈する事も無く、三郎太の顔をちらと見た後、再びペンを執り始めた。

 三郎太は下まぶたをぴくりと動かした。 同時に拳も握った。 ああ、これだ。 この嫌に達観した目。 誰に対してもまったく興味を示そうともしないこの態度。 これだから俺は、こいつの事が気に入らないのだ。 三郎太は改めて竜之介をひどく嫌悪した。


「無視かよ。 まあいいや。 お前はお前で今日から一週間気の毒だよな。 いつも頼みの綱にしてた綾瀬が居ねぇもんな」


「……お前は一体何を言うとるんや。 そんな訳分からん事言う為に俺んとこに来たんか? 俺は今忙しいんや。 冗談言うにしても後にしてくれんか」


「とぼけんなよ。 授業が終わる度にお前が綾瀬の所に行ってノートを見せてもらってんのは知ってんだよ」と三郎太が言うと、竜之介はついとペンを止めた。 そら見ろ、図星だから手が止まったんだろと、三郎太はにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「そうか、俺は周りにそういう風に見られとったんか。 ほんだら優紀には迷惑掛けてもとったんかもしれんな」

「迷惑に決まってんだろうが。 これに懲りたらもうそんな事するんじゃねーぞ。 綾瀬だけじゃねぇ、他の奴にもだ」


「ああ、分かった」

 三郎太の予想とは裏腹に、竜之介はいやに素直だった。 余計なお世話だと彼の逆鱗に触れて、喧嘩になるものとさえ思っていた三郎太は、どこか肩透かしというか、拍子抜けのような感覚を抱いていた。


「――やけど、これだけは優紀の為に書いとったらなあかんから、悪いけど用が済んだんやったら邪魔せんといてくれるか」


「書く? お前が綾瀬の為に何を書くって――お前、何だよこれ」


 妙な事を言い出した竜之介の机を改めて見てみると、そこには、竜之介自身のノートと、リングノートから千切ったであろうA4サイズのノート用紙が数枚重ねられてあった。 竜之介のノートには、二時間目に行われた国語の内容がびっしりと書き写されていて、単体のノート用紙にも、それと全く同じ内容が書き写されている途中であった。


「何、って。 そらお前、優紀が一週間インフルエンザで学校出てこれんから、俺が代わりにノートを取っとるんや」


 三郎太は言葉を無くした。 頭の中もすっかり混乱していた。

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