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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第二十七話 終着駅でさようなら 6

 古谷さんの三郎太から聞いた話はこうだった――


 何でも三郎太は、一目見た時から竜之介の威圧的な態度が気に入らなかったようで、僕と竜之介の関係を知らない頃には、竜之介が気弱な僕(三郎太は僕と知り合う前、僕の事を気弱な奴だと思っていたという。 実際その通りなのだけれど)を陰で脅して、ていの良い使いっぱしりにしようとしていると思っていたらしい。


 それから例の騒動後、三郎太は自身の過失で僕を巻き込んでしまったせめてもの償いとして、竜之介から僕を引き離そうと画策し、竜之介とは極力かかわらないようにして、僕と接していたようだ。 あの時の三郎太の突発的な馴れ馴れしさに、まさかそのような理由が隠されていたとは露知らず、その話が古谷さんの口から出た時には、僕は完全に閉口してしまっていた。


 そうして、三郎太の引き剥がし計画が一週間を過ぎた頃、世には季節はずれのインフルエンザが流行っていた。 僕も家族が何処からか貰って来たインフルエンザをうつされて、一週間丸まる学校を休んでいた。 この事は僕も良く覚えていた。


 学校側から出席停止を指示されるほど感染力の高いインフルエンザという流行り病にかかってしまったとはいえ、入学して間もなく一週間も休んでしまうのは今後の高校生活に影響が出るのではと、熱のせいで思考もままならない中、その心配だけは絶えず脳裏にこびり付いていた。


 そして、僕が休んでいたその期間中に三郎太は竜之介と和解したらしい。 古谷さんも、どうして三郎太が僕の休んでいる間に竜之介を認めたのかまでは教えてもらえなかったみたいだけれど、それは三郎太と竜之介の間柄の問題であるから、僕がとやかく邪推じゃすいするのは野暮というものだ。 よってこの件は、古谷さんから聞いた範囲で自己完結する事にしようと取り決めた。


「それにしても、あの三郎太が竜之介の事を嫌ってた事があるなんて、ずっと身近にいる僕ですら知らなかったよ」


「ですよね。 私も三郎太くんからその話を聞いた時はまたいつもの冗談かと思って最初は全然信じてなかったくらいですから。 今ではあれだけ仲が良いから余計に」


 何も波長が似ているからと言って、必ずしもその人とこころよい友好関係が築けるとは限らない。 波長が似ているという事は、相手は自分と思想が似ているという事。 即ち、相手は自分自身を映す鏡に成り得るという事でもある。


 鏡は、真実のみを映し出すものである。 嘘やごまかしは利かない。 そうしたいつわりの利かない鏡に映し出された相手じぶんの愚かな言動を見てしまった時、場合として人は、ひどい嫌悪感にさいなまれる事がある。 これがいわゆる、同族嫌悪というものである。


 第三者の僕では到底理解する事は出来ないけれども、恐らく三郎太も、自身が潜在的に抱いている嫌な部分を竜之介の何処かに見てしまい、嫌悪感を抱いてしまっていたのだろう。 しかし、波長自体は似ているから、一度相手を認めてしまえば相手を受け入れた上で心を開く事は実に容易たやすい。 そこは僕も良く知っている、三郎太の気さくな性格がその後押しをしたのだろう。


「――だから、あの二人の関係を取り持ったユキくんはすごいと思います」

 その事実を改めて実感するよう、古谷さんはしみじみとそう言った。


「取り持ったって言っても、僕が学校を休んでる時に起きた事だから、実際に僕が関係してたのかは分からないけどね」


「そ、そんな事はないですよっ! その証拠に三郎太くんも、ユキくんのおかげで神くんの事を認められたってはっきり言ってましたし。 だから、もっと自信を持って下さいよ!」


 僕の弱気なのは昨日今日の事じゃあないのに、今日はやけに口うるさく僕の弱気について食って掛かってくる古谷さんだったけれど、これから意中の人と花火を見に行く最中だというのに、肝心の相手がああだこうだとぐちぐち弱気をこしらえていては百年の恋も冷めてしまうに違いない。 だから彼女はこうまで熱心に僕を元気付けようとしてくれているのだろう。


 どうやら僕はまた、古谷さんに気を遣わせてしまったようだ。 以前の球技大会の時とまるで一緒だ。 こうして振り返って見ると、僕は彼女に何度気を遣わせ、元気付けられたのか分かったものではない。 その逆は在ったろうか――たちまち思い出せないという事は、そういう事だろう。 まったく情けない。


「……わかったよ。 ごめん、これから花火大会で盛り上がろうって時に、僕がこんなじゃ駄目だよね。 もし、また僕がぐちぐち言ってたら、その時は遠慮なくでこピンしてくれていいよ」


 僕がそう言うと古谷さんは「お安い御用です!」と白い歯を見せながら破顔した。 ああ、そうだ。 僕が彼女の為にしなければならない事は、彼女の眉を八の字にする事ではなくて、この屈託の無い笑顔を引き出させる事だ。 その為には僕はもう弱気になどなれない。 男に弱気などは必要無い。


「でも、あのでこピン、割と痛かったよ」

「えっ?! あれでも手加減したほうなんですけど」


 ――こうして僕と彼女の間には、いつものなごやかな空気が流れ始めた。 電車はもうすぐ目的地へ到着する。 僕のもよおした弱気は、このままこの電車に運んでもらうつもりでいる。 そうして、二度と僕の目に付かないよう、終点辺りでその辺に放り投げてくれれば幸いだ。

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