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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第二十七話 終着駅でさようなら 3

 そうして、僕が彼女の服装やら髪型やらに見惚れてあからさまに狼狽うろたえてしまっていたからなのか、古谷さんは目線を落として顔の影を濃くしつつ、


「……やっぱり、似合ってないですか」と自信無さげに前髪を指でつまんで落ち込んだ素振りを見せている。 これはいけない。 これではまるで僕が彼女の服装や髪型に難色を示しているみたいじゃないか。

 そしてこの時、僕は以前に玲さんから教示されたデート指南を思い出した――


"デートの時に男が気をつけなきゃいけないポイントは色々あるけど、まず第一に絶対男から女の子に言ってあげなくちゃならないのが、服装と髪型についてだよ。

 それこそ女の子は、デートの時に着ていく服を選ぶのに一時間くらい悩む事もあるし、少しでも普段とは違うトコを見せたいから、ガラっとヘアスタイルを変えてくる子もいるんだ。 でも男って結構そういう女の子の服装とか髪型の変化にニブいところあるから、数時間も悩みに悩んで選んだ服装とかイメチェンした髪型とかに対して特に何も言われなかったら女としてはすごく悲しい訳。 だから、たとえわずかな変化でも見つけたら、絶対話題にしてあげなきゃ駄目だからね?"


 ――なるほど玲さんの言っていた通り、古谷さんの服装はおしゃれだったし、ヘアスタイルも変えていた。 しかし僕は、そうした彼女の外見の変化に気が付いてはいたものの、普段の彼女とのギャップの差があまりにも激しかったものだから、目をぱちくりさせているだけで只の一つの気の利いた言葉さえも掛けてあげられていない。


 このままでは僕は、玲さんの言っていた『ニブい(・・・)男』の仲間入りを果たしてしまう事になる。 それだけは駄目だ。 教示された内容をこれっぽっちも生かせないまま彼女の変化を見過ごしてしまうなど、古谷さんはもちろんの事、様々なアドバイスをくれた玲さんにすら申し訳が立たない。 だからこそ、取りつくろいだと思われようとも、僕は指南通りの行動を起こさなければならない。


 僕は今更ながら「いやいやそんな事ないよ! 服装も髪型もよく似合ってると思う」とフォローした。 すると、僕の慌てっぷりが可笑おかしかったのか、古谷さんは手で口元を隠しながらくすくすと笑っている。 どうやら、そこまで落ち込んでもいないらしかった。 僕は男として情けない思いをしてしまったけれど、彼女の心持を悪くせずに済んだのならば、これ以上の幸いは無い。


 そして、その時の彼女の笑顔が、髪を切る前の彼女の笑顔とはまるで違っていて、目の細まり具合だとか、下まぶたのふくらみ具合だとかの、今まで前髪で隠れていた古谷さんの目周りの情報の委細が僕の目に余す事無く映じていたから、僕は彼女の女性らしい笑顔にまったく見惚れてしまっていた。 それと同じくして、胸の辺りに妙な鼓動も覚えた。 それから二言ふたこと三言みこと雑談を交わした後、僕達は電車へと乗り込んだ。


「――でも、ほんと驚いたよ。 古谷さんが今日に合わせて髪型のイメージチェンジをしてくるとは思ってなかったから」

 古谷さんと並んで席に着いた後、僕は改めて彼女の髪型の変化によって僕が意表を付かれた事を告げた。


「ユキくんを驚かそうと思って、今日に合わせて思い切って切っちゃったんですけど、それだけ良い反応してくれたなら切った甲斐もありましたね。 でも――」と、古谷さんは何かを言いかけた途中で口を閉じ、僕の方に向けていた目線を自分のひざ元に落とし、黙したまま両手の指と指とを交差させながら間を取っていた。


 先ほどまで、古谷さんは髪型を変えた事に対しての後悔は無さそうに見えていたけれど、『でも』と注釈を加えようとしていたあたり、やはり永らく慣れ親しんできた髪型を変えるにあたって、それなりに思うところはあったらしい。 それから彼女は再度僕の方を見て、


「今まで前髪で目を隠すのが当たり前になっていたので、いざこうやって前髪で目を隠せないってなると、何だかちょっと、今まで隠していたものを人前に晒しているような気がして、恥ずかしいような、照れ臭いような気がします」と、ちょっとはにかみ気味に伝えてきた。


 そう言い終えてから古谷さんは、手櫛てぐしで前髪を目の辺りにかき下ろそうとしていた。 けれども前髪を短くしてしまった今、もう以前のように髪で目を隠す事も出来ず、僕がその仕草を見ている内に彼女は急にはっと我に返ったような素振りで手櫛をぴたりと止めた後「まだ、前のクセ(・・)が抜け切ってないんです」と顔を赤らめながら自嘲じちょうしていた。


「それは仕方ないよ、いつ頃から前の髪型にしてたのかは知らないけど、その癖が知らずの内に出ちゃうって事はそれだけ古谷さんが前の髪型を気に入ってたって事でしょ? 今の髪型にしてからそれほど日にちも経ってないんだろうし、これから慣れていけば大丈夫だよ」


「そ、それもそうですね! ……けど、私は前までの髪型を気に入ってたから続けてた訳じゃ無いんです」と語調を少し弱めながら、古谷さんは以前の髪型に関する本心を告白した。 僕は「そうなの?」とたずねた。


「はい。 ――私って昔からの癖があって、誰かが目を合わせてくると、ずっとその人の目を見続けてしまうんです。 その逆もあって、私が誰かと面向かって話す時、私は相手の目をじっと見つめたまま、目を逸らせないんです」


 今しがた古谷さんが告白した癖。 言われてみると確かに、思い当たる節はある。 第一に思い浮かんだのが、彼女が僕を実習棟へ呼び出した際に、僕にお礼を言いたいと伝えて来た時の事だ。

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