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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第二十七話 終着駅でさようなら 1

 八月二十四日。 土曜日。

 晴天。 雲一つ無し。 今日は古谷さんと一緒に花火大会ヘ行く日だ。

 一昨日おととい、SNS経由で古谷さんから詳しい待ち合わせの時間を教えてもらった。


 集合場所は彼女が通学で利用している最寄り駅。 僕は十七時半までにその駅へと向かい、そこで古谷さんと合流し、目的地である花火大会会場まで向かう。 会場に着いた頃には十八時過ぎになっているだろうから、そこから花火の打ち上がる十九時半までは夕食を兼ねて屋台を冷やかしつつ腹ごなしをするという予定だ。


 集合場所の駅は、高校の最寄り駅を東方面へ一駅超えた場所に位置しており、僕が高校へ通う時間に十分ほど足してやれば簡単に家を出発する時間が逆算出来るから、時間を読み違えての遅刻の気遣きづかいは無いに等しいだろう。


 しかし、遅刻の気遣いは無いけれど、今日古谷さんと二人きりで花火大会に行くのだと思うと胸の辺りに慣れない動悸が走って、妙な心持がする。 その動悸が興奮由来なのか緊張由来なのかがはっきりせず、余計に僕をまごつかせてくるから困っている。 その実、今日はその由来のはっきりしない心持の所為せいで登校日よろしく五時前に目が覚めた。


 夕方まで大した用事も無いのに蝉も鳴かない時間帯に目を覚ましてしまったものだからすっかり暇を持て余していて、昼前まではだらだらとインターネットで時間を潰しながら無聊ぶりょうを慰めていた。 それから十二時ちょうどに母が昼食が出来たと呼びに来て、僕は居間に向かい、食卓へ着いた。


「優紀、今日何時ごろ家を出るの?」

 既に両親には今日の外出の事を話していたから、昼食を食べ初めて間もなく母がその話題を僕に振ってきた。


「十六時過ぎの電車に乗るから、十六時前ぐらいに出るつもりだよ」


「そう、わかった。 ところで一緒に行くのって、優紀が気になってる例の女の子?」


 口に含んでいた食べ物を吹き出しそうになるのをこらえながら、僕は母の出し抜けな質問に答える為、咀嚼そしゃくの足りていないのもお構い無しに口の中の物をごくりと飲み込んで、


「……母さん、勘違いしてるかも知れないからこの際言っとくけど、僕にはまだそんな人いないからね」

 改めて意中の相手など居ないと母にうそぶいた。


「なーんだ、優紀が珍しく友達と花火大会に行くなんて言ってたから、てっきりデートだと思ってたのに期待して損しちゃった」

「デートも何も、一緒に行くのは男友達だからね。 っていうか何の期待なんだか」


 それが方便でないと分かってはいながらも、いちいち女だデートだなどと余計な詮索をしてくる母に、恋仲でもない女友達と二人きりで花火大会に行くなどとは正直に言える筈もなく、祖母の教えには反しながらも、僕はまた母にうそぶきを働いてしまった。


「ところで優紀、帰りは何時ごろになるんだ」と今度は父が話頭を転じて僕にいて来た。


「花火の終わるのが二十一時半ぐらいらしいから、多分こっちに着くのが零時前になるんじゃないかな」


「じゃあ終電近くで帰ってくる訳か。 あの花火大会は毎年人が多くて駅近くはえらく混雑するはずだから、友達と相談して花火が終わる前に駅に向かった方がいいかもしれんぞ」


「そうなの? お父さん」と母が横合いからやや心配そうに父にたずねた。


「ああ。 母さんと結婚する前に知り合いと一緒に何度か行った事があったけど、その時も最後まで花火を見ててな、それから駅へ向かおうとするとその道が人で毎回渋滞してなぁ。 駅自体は広くて道も狭いって訳じゃあ無いんだけど、それでも集まる人数が桁違いだからどうしても混雑してしまうんだ」


「で、お父さんはそのあと時間通りに帰れたの?」


「いいや、結局一時間以上その渋滞に捕まって、乗らなきゃならない電車はとうの昔に出発してて、次の日が仕事だったから現地に泊まる訳にも行かずに仕方無しにタクシーで帰ったけど五万近く取られて泣いたなぁ。 四人で行ってたから一人頭一万ちょっとだけど、電車で帰ってればその五分の一ほどで済んでたから、あの時のタクシー代の痛みは今でもよーく覚えてるよ」


「へぇー、数回くらいしか乗った事ないけどタクシーって意外と高いのね」


「高いさ。 電車やバスの方がよっぽど安い。 余程時間に余裕の無い時とか、さっきの俺の話みたいな緊急時以外に使用するのはお勧めできんな。 まぁ、その話も二十年以上前の事で、今あの祭りの混雑率がどうなってるかは知らんから、最後まで残るにしろ途中で帰るにしろ、その時の混雑具合を見て判断するしか無いな」


 自らの失敗談を赤裸々に語った父だったけれど、先の情報は非常に有益なものだった。 確かに、花火を最後まで見た際の、僕の地元へ戻ってくる為の電車はたった二本しか無く、それを逃してしまえば僕は帰る術を失ってしまう。


 最終手段として、先の父の例にならってタクシーで帰るという手もあるものの、とてもじゃないけれど僕個人では五万円という大金を払える訳も無く、親に払わせる訳にもいかないから、例え乗るべき電車が無くなってしまったとしても、帰宅する手段としてタクシーだけは使用しないでおこうと心に決めた。


 しかし、その懸念が起こりうる事はまず無いと思っても良いだろう。 何故なら、僕の乗るべき電車の発車時刻は二十二時過ぎと二十二時四十分ごろで、花火を全て見終わって、父の体験談通り一時間程度人の渋滞に巻き込まれて一本目の電車に乗り遅れたとしても、辛うじて最終の電車には乗り込む事が出来る筈だ。


 それに、父の話は僕も生まれていない二十数年前の話らしいから、一時間以上も人混みに悩まされる環境も少しは改善しているに違いない。 そうでもして客の満足度を上げなければ、何十年も同様の祭りを継続出来はしないだろう。


「父さんの時とは環境もかなり違ってるだろうし、昔みたいに人混みで一時間以上待たされるって事も無いでしょ。 それに最終便は二十三時ちょっと前のやつだし、きっちり一時間待たされても乗り込めるよ」


 僕は先の推測を踏まえて父の懸念を振り払った。 それから父は「昔と今を比べちゃいかんな、年寄りの悪い癖だ」と言いつつ少し破顔した後、グラスのお茶を飲み干した。 母は立ち上がって空いている皿の片づけを始めた。 僕も皿に残っていた野菜炒めの残りを口の中に放り込んだ。


 今日の夕方は、屋台で古谷さんと一緒に何を食べようか――僕の心の色は既に花火大会一色に染められていた。

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