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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第二十四話 登校日 4

 他の生徒より学校を出るのが遅かった為か、校門から駅まで続く直線道路に生徒の姿はほとんど見えなかった。 普段ならばどこかしこに列が出来上がっているから、これはこれで珍しい光景だ。


 蝉は朝から変わらずけたたましい鳴き声を響かせているけれど、空模様は打って変わって曇り空。 湿気はそれほど無く、直射日光さえ受けなければ汗をかく気遣きづかいは無い。

 

「へー、綾瀬くんも宿題全部終わったんだ。 千佳も先週終わらせたって言ってたし、いいなぁ遊び放題じゃん」


 学校を出た直後に上がった話題は、夏休みの宿題についてだった。 先頭を歩いていた古谷さんと平塚さんの内、平塚さんが歩きながら僕の方を向いて僕と古谷さんの宿題の完了したのを羨ましがっている。


「夏休みが始まってから計画的に毎日やってたからね。 そういう平塚さんは?」

「私は――ようやく折り返しってトコかなっ。 あ、数学はこの前終わらせたよ!」

「違うでしょ真衣。 『終わらせた』じゃなくて『無理矢理終わらせた』でしょ?」と横合いから古谷さんが不満げな顔付きで平塚さんの物言いに対し苦言を呈している。 すると平塚さんは「そうとも言う」と、古谷さんからの苦言を受け入れつつ、アハハと笑い誤魔化している。


「あはは、じゃないでしょ! もうっ。 聞いてくださいよユキくん、真衣ったらこの前――」


 平塚さんの曖昧な態度を一喝しつつ、古谷さんは彼女の『無理矢理終わらせた』とされる数学の宿題の件について語り始めた。


 ――聞くところによると、何でも古谷さんは八月に入ってから間もなく平塚さんから家へ泊まりに来ないかという誘いを受けて、勉強会という名目で彼女の家にお泊りに行ったそうだ。 それから昼過ぎに平塚さんの自宅へ辿り着いた古谷さんは、さあ夕食まで勉強するぞと意気込んだ矢先、平塚さんはペンを持つどころかゲームのコントローラーを持ち始めて「息抜きにちょっとだけやろうよ」と古谷さんをゲームに誘った。


 当然古谷さんは「息抜きも何もまだ勉強すらしてないでしょ!」とかたくなに平塚さんからの誘惑を断った。 しかし平塚さんも「いいじゃんちょっとくらいー。 夕飯までまだ四時間くらいあるんだしー」と我を折る事も無く誘惑を続け、ついに根負けした古谷さんは「一時間だけだからね」と制限時間を設けて、ようように平塚さんからの誘いを受け入れた。 しかし古谷さんはその誘惑に乗ってしまった事自体が間違いだったと嘆く。


 当初一時間だけだからと言って真面目の姿勢を貫いていた古谷さんも、初めての友達とのお泊り会という甘美な感覚まで捨て去っていた訳ではなく、むしろ勉強の合間のこうした時間こそが本来のお泊り会の醍醐味ではないだろうかと平塚さんの誘惑を正当なものとして受け入れてしまった時にはもう何もかもが遅かった。


 平塚さんから勧められたゲームが予想以上に古谷さんの興味をそそってしまい、その結果、一時間どころか、平塚さんの母親から「夕飯出来たよ」の声が掛かるまで時間を忘れ呆けるほどに、古谷さんは平塚さんと共にゲームに没頭してしまったのだ。


 夕飯の後は風呂の時間で、風呂に入る前に古谷さんが「お風呂終わったら絶対勉強するからね!」と念押しした後、先に平塚さんが風呂を済ませて、その後古谷さんが風呂から上がって部屋に戻ると、そこには机に向かって一人宿題をこなしている平塚さんの姿が――無く、彼女はまた一人でゲームをプレイしていた。


 さすがの古谷さんもこの平塚さんの体たらく振りは看過出来ず「もう宿題のわからない所教えてあげないからね」と冷然に平塚さんを突き放して一人宿題をし始めた。 すると、宿題が終わらないという焦りを感じ始めた平塚さんはゲームを止めて、ようやく机に向かい始めた。


 それから平塚さんは一時間ほど集中して宿題をこなし、やっと真面目になってくれたかと安心した古谷さんは、平塚さんの数学の宿題で解らないところを都度解説しながら黙々と自身の宿題を進めていた。


 そして午後二十三時。 宿題を始めてから二時間が経過したところで、古谷さんはうとうとし始めた。 先日の夜更かしがたたって、この時間帯になって眠気がピークに差し掛かったのだろうと認めた古谷さんは「ごめん、先寝てもいいかな」と平塚さんに伝えると「うん、私はもうちょっと頑張るよ」とえらく張り切っている様子だったから、古谷さんも折角やる気になっている彼女の邪魔をしては悪いと思い「あんまり無理しないようにね」とだけ伝え、先にとこいた。


 翌朝。 古谷さんが目を覚ますと、自身の寝ていた布団の隣に平塚さんが布団を敷いていて、いびきをかいて寝ていた。 ふと机の上に放置してあった平塚さんの数学の宿題を見てみると、都合二十枚のプリント全ての解が見事に埋められていた。


 私が寝る直前にはまだ半分以上残っていたはずなのに、この子は私が寝ている時にどれほど頑張ったのだろうと、古谷さんは平塚さんの殊勝な努力を胸中で称えた。 しかし、彼女に心からの賞賛を送って間もなく、古谷さんは机の上の違和感に気が付いた。


 確かに、平塚さんの数学のプリントは全て終わっている。 ただ、そのプリントのすぐ左側に、何故だか古谷さんの数学のプリントが置いてあって、まさかとは思いながらも、平塚さんのプリントと自身のプリントの解答を見比べて見ると、計算式と解全てが全く一致していた。 即ち、平塚さんは古谷さんの寝ている間に彼女のプリントの解答を丸写ししたのである。


 ――これが、平塚さんが数学の宿題を『無理矢理終わらせた』と古谷さんに言わしめた全貌だ。

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