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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第二十四話 登校日 2

 登校日と言っても、別段大した行事がある訳ではない。 朝のホームルームは普段通りの時間に行われ、宿題の進捗しんちょく度はどうだとか、昼夜逆転のだらしない生活をしてはいまいかなどと担任の先生が口を酸っぱくして僕達をたしなめていた。


 ホームルームが終わると、先生は次に何かのプリントを配り始めた。 配布されたプリントを見てみると、それは数学の宿題の答案だった。 答案が用意されていたのは数学だけではなく、先生は数学の宿題の答案を配り終えると、今度は別の教科の答案を配り始めた。 それから先生は各教科の答案を配り終えた後、以下のように答案の利用方法を語った――


 これはあくまで自己採点用の答案であって、決して君らに不正行為をさせる為に渡したものではない。 よもや先生のクラスにそんな不届き者は居やしないだろうが、答案を見て答えを写したところで先生には判断がつかんから、そうしたければ好きにするが良い。 だがいつまでも誰かが正解を持ってきてくれる訳じゃない事は理解しておけ。


 今を苦労する者も、将来楽が出来るかと言えばそうではない。 しかし、今を苦労しない者に、将来の楽が訪れる事は有り得ない。 全部自分の力で解けとは言わん。 わからない問題があれば解らないなりに考えて、その上で解答を見て理解を得る事も勉強の一つだ。 しかし、答えの丸写しだけはやめておけ。 それは愚か者のする事だ。


 これは勉強が出来る出来ないを言っている訳ではない。 目の前の苦労から逃げ続ける者はこれからもずっと同じ事を繰り返すという事を伝えているだけだ。 そういう奴はどこかで誰かが何かの機会に正してやらないとずっとそのままになってしまう。 だから、これがその機会だと思え。 この機会を受け入れる受け入れないは君ら次第だから、後は好きにすれば良い。


 もう宿題が終わってしまっている者にとっては退屈な話だったかも知れないが、今回うまく出来たからと言って呑気に胡坐あぐらをかいていては次回怠けてしまう可能性も否定は出来ないから、残りの二週間の休みもだらだら過ごすのではなく、メリハリを持って生活しなさい――と、キリの良いところで話はまとまった。


 僕は二週間前に全ての宿題を終わらせていたから、前半の先生からの忠告は痛くも痒くもなかった。 しかし、今を苦労しない者に将来の楽が訪れる事は有り得ないという言葉だけは僕の胸を打った。

 

 僕自身も、ぼくという忌避の存在から目をそむけ続けて逃げていた時期がある。 しかしそれでは何の解決にもならない事は、高校に進学してからの様々な出会いと出来事によって嫌と言うほど思い知らされた。


 だから僕は今もなおぼくと対峙し続けている。 時には努力の結果が得られずに目を逸らしたくなる事もある。 けれど、ここでまた背を向けて逃げてしまっては元の木阿弥もくあみ、今までの努力が水泡すいほうしてしまう。 そうならない為にも僕は、一日一歩でも半歩でも、歩き続けなければならない。


 立ち止まりさえしなければ僕の望む未来には少しずつでも近づいてゆく。 その未来へ辿り着く時は何日何週何ヶ月、はたまた何年何十年掛かるかなどは到底判然としないけれど、僕は今の苦労を投げ出す気など微塵の欠片も無い。


 先生からの思わぬ訓戒を経て、僕の男のかたちが更に輪郭をしてきたような心持がする。 この話を聞けただけでも今日の登校日には価値があったなと、僕は今一度、胸を打った例の訓戒を脳裏で反芻はんすうした。


 その後、普段の一時間目終了時刻のチャイムを以って今日は解散となった。 僕みたく遠方から通学する者にとっては今日の登校日はいささか徒労感がぬぐえなかっただろうけれども、長期休暇でなまけた身体と思考を始業式前に少しでも元に戻せたと思えば、良い按配あんばいの予行演習として割り切れないでも無い。


 それから僕が帰る準備をしていると、後ろから三郎太が僕を呼んで、

「ユキちゃんも大変だったな、こんな一時間だけの為にわざわざ遠くから通学して」と、僕の足労を労わってくれた。


「まぁね。 でも夏休みで朝起きるのが遅くなりがちになってたから、始業式前の良い刺激にはなったよ」


「ポジティブだなユキちゃん。 俺なんて今日うっかり寝坊したから登校日サボってやろうかと思ってたぐらいなのに」

「でも何とか遅刻せずには来れたんだね」


「まぁなー。 喋るだけの登校日ならマジでサボろうかと思ったけど、姉貴から登校日には宿題の答案が配られるって聞いてたから遅刻してでも行かなきゃ損だと思ってな」


 なるほど三郎太らしい行動力である。 そして先の三郎太の口ぶりから察するに、彼は答案にたのんで宿題を終わらせるつもりらしい。 しかしそれをとがめるつもりは無い。 答案の使い道は先程先生が明示してくれたのだから、わざわざ僕が改めて同じ事を言わなくとも、もう彼は既に答案の使い道を心得ているだろう。 苦労者になるか、愚か者になるかは彼の心次第である。


「へぇ。 こういう時って同じ学校に兄弟が居ると結構得だよね」


「ほんとな。 まぁ得するのはこういう極一部の有力情報を同級生より先に知れるぐらいで、後は事あるごとに上からモノを言われたり、姉貴の同級生にからかわれたりしてたまったもんじゃねーけどな」


「双葉さんって友達多そうだから余計に絡まれる機会が多くなってそうだね」


 三郎太の置かれた境遇に同情しつつ、話頭を転じながら適当な雑談をしばし交わした後「んじゃまた始業式に」という三郎太の別れの挨拶を最後に彼と教室で別れた。 間もなく竜之介も僕の席の傍を通って「ほんだらまたなお二人さん」と言いながら教室を出て行った。 「お二人さん」のもう一人は、古谷さんの事である。

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