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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第二十三話 それぞれの思い 7

 自分でも信じがたい事実だけれど、最早そう理屈付けるしか説明の仕様がないほどに、僕の女としてのかたちであるぼくは、玲さんに恋をしてしまっている。 そう考えると、あの時に好奇心などというていの良い理由をげて玲さんに口づけを迫った僕らしからぬ積極性の出どころにも納得が行くし、母に嫁だ何だと言われた際に真っ先に思い浮かんだのが玲さんだったのにもうなずける。

 しかし、だとするとぼくは、いつから玲さんをそういう風に見ていたのだろう。


 相合傘で帰ったあの日?

 押し倒されてキスを迫られた時?

 ぼくの全てを明かした時?

 それとも、初めて玲さんという存在をこの目に映したあの瞬間?


 いずれのタイミングにせよ、ぼくが玲さんに恋をしているという事実が変わる事も無く、そして未だ『ぼく』という存在は僕の心を支配し続けているのだという事実も突き付けられてしまった僕は、ひどい喪失感と罪悪感に襲われた。


 喪失感の出所は言わずもがな、僕の中にまだぼくという存在が大きく残っているという事実を改めて突き付けられた事によるショックからであり、もう一方の罪悪感というのは、玲さんに対していだいているものである。


 玲さんは僕に出会ってからの二ヶ月間、僕を男へ導く為に尽力し続けてくれた。 にもかかわらず僕の中にはまだ女性のかたちが大きく残っていて、あまつさえいずれ僕の中から消失させなければならないぼくの制御すら出来ず、あろう事か玲さんに対し恋心を抱かせてしまった。


 それ(・・)だけは絶対避けねばと注意していた筈なのにと、僕は下唇を噛み締め、ぼくの自由奔放な振る舞いに対し激しい怒りを燃やし、そして、ぼくへ語りかけた。

"その恋だけは実らせてたまるか" と。


 たとえ僕の中に生涯男の容が宿らなくとも、僕は絶対に玲さんを『当事者』にしたくは無い。 いや、させてたまるものか。 僕の為に今日こんにちまで協力し続けてくれた彼女をそんな目に遭わせるぐらいならば、僕は一生涯誰も傷つかないよう孤独に踊り続ける事すらいとわない。


 この意思は、玲さんが僕を受け入れる受け入れない以前の問題である。 僕がぼくとして女性を好きになるという行為自体がそもそもの過ちであり罪なのだから、尚の事僕はぼくの犯そうとする罪を許す訳にはいかない。 僕はそれほどまで彼女に恩義を感じている。 だからこそ、いつか再びぼくに心を支配される未来が訪れようとも、僕は必ずその恋を断固阻止する。


 僕のそうした峻拒しゅんきょの意思は不思議と強い形で僕の心に定着した。 これも、玲さんが僕を男として成長させてくれたからこその結果だろう。

 僕は、玲さんの期待を裏切りたくは無い。 古谷さんからの気持ちにも応えたい。

 その両方が叶う道はある。 しかし、今更それを口にするつもりはない。


 祖母いわく、言葉とは、同じ語を幾度と無く繰り返す事によって重みを無くしてしまう。 故に、僕が男になりたい男になりたいと口にすればするほどに、僕から男の容は遠ざかってしまうのである。 だから僕はもう、軽い気持ちで「男になりたい」などと口にはしない。


 年寄りの迷信を真に受けているなどと笑いたければ笑えばいい。 ただの精神論だとあざけってくれてもいい。 そんな迷信(・・)だの精神論(・・・)だのにすがってでも僕はぼくという存在を消し去りたいのだ。


 ――ふと時刻を確認すると、いつの間にか二十二時を回っていた。 明日は登校日だから、明日の早起きに備えてそろそろとこかなければならない。 僕は椅子から立ち上がった後、一度深呼吸をしてから両の頬を両手でぱちんと叩いた。 慣れない事をして想像以上に痛みが走ったけれど、気合は入ったような気がした。


 それから明日の登校の準備をし終えた僕は部屋の電気を消して床に就いた。 眠気はすぐにやってきて、たちまち僕は夢の世界へ没入した――


 夢の中の私は、誰かの手を引いて歩いていた。 相手は顔がぼやけていて誰だか分からなかったけれど、手の華奢きゃしゃさで、女性だという事は分かった。


 私より一回り小さなその手は、弱々しく、繊細で、でも、温かくて。

 私が少し手を握ると、彼女の手もそれに応えるよう、ぎゅっと握り返してくる。

 私が微笑みかけると、彼女も同じように微笑む。 まるで以心伝心を体言しているようでもある。


 私は彼女と歩き続けた。 光の差す方へ。

 歩けば歩くほどに光は強くなる一方で、そのうち目もひらけない程の光に包まれた時、私は思わず握っていた手を離し、光から逃れるよう、顔の前に手をかざした。

 

 光はたちまち照度を落ち着かせた。 私は後ろを振り向いた。 そこにもう、彼女の姿は無かった。

 私は嘆いた。 あの時、手を離さなかったら彼女とあゆみを続けられた筈なのにと。


 私はすっかり立ち止まり、座りこんでしまった。 すると、また光が強くなり始め、そうして光の先から現れたのは、私に救いをもたらそうとする優しい手だった。

 でも私は、その手を握らなかった。 いいえ、握れなかった。 その手を握ってしまったら、ぼくは二度と、ぼくに戻れないような気がしたから。


 そうして私は、差し出された手を握る事も無く永遠に、その場にうずくまり続けた。

 いっその事、この世界中が常闇に閉ざされればいいとさえ願った。

 けれども、差し出された手の奥に燦然さんぜんと輝き続ける太陽の如き閃光が、皮肉にも私が闇へちてしまう事を許さなかった。

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