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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第二十三話 それぞれの思い 6

 風呂を済ませた僕は、冷房の効いた自室で風呂上りの身体の火照りを冷ましていた。 ふと時刻を確認すると、現在は二十一時過ぎ。 今日は夕飯が終わった後も父母と長らく喋っていた為に、普段より入浴時間が一時間ほど遅れてしまった。 入浴時間が遅かった事もあるけれど、今日に限って僕は長風呂をしてしまい、その長風呂の原因というのも、入浴前の父母との会話の中の不可解な思想が原因だった。

 

 僕はあの時、母に「お嫁さんと一緒にこの家に住んでもらおうかな」と言われた時、玲さんの顔が真っ先に浮かんだ。 彼女の顔が真っ先に浮かんだという事は即ち、僕は無意識化で玲さんを第一の伴侶候補として選んでいた事になる。 本来こういう場合には、僕が男として好意をいだこうとしている古谷さんを思い浮かべなければならない筈だったのに、何故古谷さんを押しのけてまで玲さんの顔が思い浮かんでしまったのか。


 僕の中から生まれた思考にもかかわらず僕にはさっぱり理解出来ず、湯船に浸かっている間にも、そして自室の椅子に座っている今も、その不可解な思想が一体何をどう作用させて生まれたものなのかをずっと、考えていた。


 もちろん、多少長風呂をしてまで思考を巡らせていれば、仮定や推測の一つや二つは思い浮かぶもので、それらを元に正解へと近付きつつあるのも事実だった。 その中でも一番信憑性の高い仮定として導き出されたのが、玲さんと古谷さんの印象度の違い、である。


 玲さんと古谷さん。 どちらがより強い印象を僕に与えているかと問われたら、僕は迷わず玲さんを選ぶだろう。 だからと言って、別に古谷さんの存在感が薄いと言っている訳ではなく、彼女も僕の通う高校の生徒の中では抜きん出て僕に強い印象を与えている。 何せ、面と向かって僕に「好き」だと伝えてきた程であるし、僕自身も男として彼女を好きになってあげたいと日々想っているから、彼女にそうした強い印象を与えられているのも不自然ではない。


 しかし、その印象を上塗りするほどに強烈なのが、玲さんという人物である。 顔も知らない僕を友達の姉弟きょうだいづてに呼び出し、会って間もない僕に小言交じりの苦言を呈して来るほどのはばかりの無い人物かと思いきや、ぼくの存在を知ってもなお僕を僕として扱ってくれる程の闊達かったつさを持ち合わせていて、かと言って完全に甘えさせてくれる訳でもなく、時には理不尽極まりない言動で僕を振り回し翻弄ほんろうしてくる。


 その印象の度合いというものは、きっと古谷さんだけじゃない。 他の誰と比べても、玲さんの存在は僕にとって誰よりも強く、誰よりも大きい。 僕の心にはそれほどまでに玲さんという存在が根付いている。 だからこそ、あの時僕は第一に玲さんを思い浮かべてしまった――という仮定を僕は導き出していた。


 なるほどその仮定ならば古谷さんより玲さんを優先して思い浮かべてしまった事にも納得が行くし、そうした結果になるのも仕方の無かった事だったと割り切れる。 しかし、その仮定にどうしても引っ掛かりを覚えてしまっている自分がいる事も認めていて、ならばその引っ掛かりの原因とは何だろうと、僕は真相を導く為に更に意識を深層へと沈降させ、心のささくれをひたすらに探した。


"……僕も、嫌では無かったですよ"


 そうして、心の奥深いところで、僕はようやく見つけ出した。 引っ掛かりの原因となっていた、心のささくれを。


 僕のその言葉は、終業式の日、玲さんの自宅で僕が玲さんと口づけを交わしてしまった時に、彼女が「本当は私とキスなんてしたくなかったんじゃないの」という問いに対する返答であり、僕もその時点では何らの不自然さを覚える事もなく、その言葉を発した。 だけれど、今になって考えてみると、あの言葉は僕にとって不自然極まりない言葉だったとも思えてくる。


 そもそも、僕が玲さんに口づけを果たしてしまったのも、彼女が何故僕へ向けて口づけを誘うような素振りを見せているのか、一体何の目的でそうした態度を取っているのかという理由を衝動的に知りたくなってしまったが故の好奇心にそそのかされた結果であり、本来あの時の口づけに対する僕の感情は『無』でなければならなかったはずだ。 それなのに僕は「嫌ではなかった」などという満更でもないうわついた言葉を以って、玲さんとの口づけの感想を述べ立てた。


 無論、あの口づけが僕にとってのファーストキスになるであろう事も承知していた。 にもかかわらず僕は何らの抵抗も無く、玲さんと口づけを交わした。


 ――本当に僕は、好奇心という名目だけで、玲さんに口づけをせまってしまったのだろうか。 先の不可解な思考と良い、答えは更に奥深くに沈んでいる可能性があると踏んだ僕はついにぼくの意識の領域にまで踏み込み、そしてその場所で僕はこれまで導き出してきたどの仮定よりも納得の行く答えを見つけた――いえ、見つけてしまった。


 どうやらぼくは、玲さんに恋をしてしまっているらしかった。

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