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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第二十三話 それぞれの思い 4

[へー、ちなみに何枚分やったの?]

[いち]

[一枚?ちょっと少なすぎじゃない?]

[いや、間違えて送信しちゃった。一行]


 先程真衣の宿題に対する心がけに感心していた私が滑稽に映ってしまうほど、彼女のあまりの進捗しんちょく度の低さに、呆れを通り越して変な笑いが出てしまった。


[一行って……その調子で本当に夏休み中に宿題終わるの?]


 夏休み中の数学の宿題は、A3タイプの用紙に一学期までに学習した数学の問題がびっしりと詰められたものが計二十枚渡されていた。 問題がびっしりあるとは言ったけれど、どの問題も一学期中に習ったものばかりだから、真面目に授業を受けていればまず迷う事無く解く事が出来るだろう。 そのうえ問題の種類が変わった直後にはその問題に使用する数式であったり解き方であったりが懇切こんせつ丁寧ていねいに記載されており、万が一に問題が解けない場合にもわざわざ教科書を辿たどらなくとも解けるよう配慮がほどこされているから、一部の生徒からは「これだったら一日で終わる」と言われていたほどに、他教科に比べると数学の宿題はかなりやさしい部類だった――にもかかわらず真衣は、その痒い所にまで手が届くはずの数学の宿題であるプリントを、一日一枚どころか、たった一行しか進めていなかったのだから、私も呆れる前につい笑ってしまったのである。


[だって仕方ないじゃん!数学苦手だし!そういう千佳はどこまで進んでるの?]

[数学なら夏休み入ってから二日目で全部終わらせたよ]

[マジで?]

[マジで]


 真衣のノリに釣られて普段使わないような軽い言葉を使ってしまい、今更になって照れに襲われていると、携帯電話の画面がSNSのチャット画面から通話画面に切り替わって呼び出し音が鳴り始めた。 どうやら真衣が電話を掛けてきたらしい。 私は一拍置いてから通話に応じた。


「どうしたの、真衣」

『あのー、千佳さん。 一つ、お願いがあるんですけど』


 真衣は電話越しでも十分伝わるほどにひどく低姿勢を保っている。 彼女らしからぬへりくだった態度といい、先の「お願い」という言葉といい、私は真衣がこれから言おうとしている事柄についての大体の察しが付いてしまった。 だから、


『実は――』

「宿題なら見せないよ」

 あらかじめ、釘を差しておいた。


『え~?! そんなご無体な~……ひらにご容赦を~、お代官様ぁ~』

「誰がお代官様だよ! っていうか私女だからされるほう(・・・・・)だし!」

『へー、千佳ってこういうの知ってるんだ、意外ー』


 またもや真衣のノリに流されて、今度は突っ込みまで入れてしまったけれど、私は真衣も知らない私の一面を不意に晒してしまった。


「これは、その、私の子供の頃にやってたバラエティ番組でそういうのをやってたのを覚えてて」

『そうそう、私も似たような感じで知ってたんだー。 で、千佳は誰に帯を回されたいの?』

「それはユキくんだろうけど――って! 何言わせてるの真衣っ!」

『あははっ! ほんと千佳ってば正直なんだから』


 私が隙を見せると、真衣はいつもユキくん絡みの事で私をからかってくるから困る。


「もぉ、真衣ってば。 宿題は見せないけど解き方だったら教えてあげるつもりだったのに、やっぱり教えるの止めよっかな」

『ごめんなさい嘘です冗談です口が過ぎました教えてください神様千佳様仏様っ』


 お代官様の次は神様に仏様と、真衣の必死なのをくすくす笑いながら私も随分御大層に出世したものだなと一人悦に浸っていた。


「しょうがないなぁ。 で、何時くらいに行けばいいの?」

『え? 千佳、今日来れるの? 予定あるんじゃなかったの?』


「まぁ、外食は夜からだし、今の内に断っとけば納得はしてくれるだろうから何とかなるよ。 それに、私も、その、友達の家に泊まりに行くとか初めてだから、行きたくない訳じゃ無かったし。 ――あ、でも今回は勉強がメインの泊まりだからね? 分からないところは教えてあげるから、真衣も遊んでないで私と一緒にしっかり勉強するんだよ!」


 ここに来て私が真衣の家に泊まりに行く事を承諾すると、彼女は電話越しに『……ふっ、ふふっ』と、抑え気味に笑い始めた。


『やっぱり千佳は正直だなぁ。 ――んじゃ、千佳の気の向いた時間に来たらいいよ。 私の家の場所、覚えてるよね?』


 私は以前に真衣の家にお邪魔した事があった。 彼女の家は高校から西へ十分ほど歩いた先の山沿いにあり、これまでに三度ほど学校帰りに寄らせてもらった事があるから、私が彼女の家を探し損ねる道理は無い。


「うん。 それじゃあ、お昼食べてお泊りの用意したら行くよ」

『オッケー。 あーでもこれで私もちょっとは宿題進みそうだよ。 やっぱり持つべきものは親友だねっ』


 まさに今、真衣の口から放たれた「親友」という単語に、私の心は飛び跳ねるほどに喜びを覚えていた。 改めて言われてみると少し照れ臭い気もするけれど、その照れ臭ささえも私は余す事無く受け入れ、胸の中へと落とし込んだ。


『あ、宿題教えてくれる代わりと言っちゃ何だけど、もうすぐしたら親と一緒に夕食の買出しに行くから、何か千佳の好きな食べ物でも飲み物でも買っておいてあげるよ。 何か欲しいものある?』


「ううん、何もいらないよ。 欲しいものはもうもらったから」

『え、どういう事?』

「教えないっ」


 ――今年の夏は、あき(・・)が訪れそうに無いほど熱く、私を焦がしている。

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