第二十三話 それぞれの思い 3
「うわ、もう皮めくれて来てるし。 もっと日焼け止め塗っとかないと駄目だったかなぁ……。 私でこれだし、真衣なんか全然塗ってなかったから日焼け凄そう」
日焼けによって両腕に浮いて来た薄皮を恐る恐る指で捲りながら、私は自室で日焼け止めの使用を惜しんでしまった事を反省していた。
――昨日始まったかのような感覚のある夏休みも、今日でもう二週間目。 暦は既に八月に移り変わっていた。 そして私は先週、真衣に誘われて二人で市外のプール施設へ遊びに行っていて、その時の日焼けの影響がもう私の腕周りに出ていたのだ。
日焼け止めは私が出かける直前に姉が貸してくれたのだけれど、私はこれまで日焼け止めなんて使った事も無かったし、プールに入ったら日焼け止めが水に溶けてしまうから塗っても意味が無いんじゃないかと思い、最終的に塗ったのは塗ったものの、少量を薄く薄く伸ばして塗っただけだったから、塗ろうが塗らまいが日焼けの度合いは変わらなかったのではと思ってしまうほどに、私の塗った日焼け止めはまるで効能を示さなかった。 その結果が、この両腕の惨状だ。
帰宅してから姉に聞くと、姉が貸してくれたのはウォータープルーフと言う、いわゆる防水型の日焼け止めだったそうで、それこそ水どころか、オイルクレンジングなどでないと落とし切るのが難しいくらいのものらしい。 そうとも知らず、プールに入ったら日焼け止めが水に溶けてしまいそうだからあまり塗らなかったと姉に話したら、けらけらとお腹を抱えて笑い飛ばされた始末だ。
それでも、他人に笑われるよりは身内に笑われた方がまだ気持ち的には楽だから、私はこの失敗を糧に、次に日焼け止めを塗る時は品物の性質などをきちんと確認し把握した上で、適宜使用する事を心に誓った。
ふと、窓から外を眺めると、真夏の太陽が容赦無く家の前のアスファルトを焼いている。 スマートフォンアプリの天気予報によると、今日は八月切っての猛暑日らしい。 今日の気温の高いのは起床して間もなく肌で感じていたけれど、どうりで日が昇り切っていない午前中にもかかわらず、少し奥の道に蜃気楼が出ている訳だと、私は天気予報の正確な事に感心していた。
昨日は朝から曇り空で、十時前後からご近所の小学生低学年くらいと思われる子供達がわぁわぁと溌剌な声を上げながら走り回って遊んでいたけれど、さすがに今日の天候に対しては子供達の親も外出を控えるように諭したのか、昨日あれだけ騒がしく遊んでいた子供達の姿が、今日は人っ子一人見えない。 きっと今頃、昨日遊んでいた分の宿題をやっておきなさいと親から頭ごなしに言われて泣く泣く机に向かっているに違いない。
かくいう私も今日は出かける予定も無く、三日ほどほったらかしていた夏休みの宿題にそろそろ手を付けねばと思い立ち、普段より少し早起きして宿題をこなしていた。 近所の子供達じゃあないけれど、こういう酷暑日は素直に家に居て、適度にクーラーで冷やした部屋で宿題をしている方が余程賢い。
夏休みはあと丸々四週間はあるけれど、出来れば今月十六日に指定された登校日の日か、遅くとも二十四日の花火大会の日までには宿題を終わらせておきたいと思っているから、今日から性根を据えて頑張っていた。 ――ところへ水を差したのは、携帯電話の着信音だった。
[いま起きた、おはよー]
着信は、真衣からのSNS宛のメッセージだった。 [いま]という字を目にしてから時刻を確認してみると、現在は午前十一時を回ったところ。 いくら夏休みとはいえ、だらしなさが過ぎるのではと彼女の怠惰極まりない生活習慣に呆れつつ、
[もう十一時だよ、おはようじゃ遅いよ]と返信し、彼女の起床の遅いのを改めて突きつけた。 するとすぐ返事が返ってきて、
[んじゃこんにちわっ!って事で、今日私の家に泊まりにこない?]
"って事で" の、っては一体どの言葉の解釈をしているのだろうと真面目に考える事すら馬鹿馬鹿しくなるほど突拍子も無く、真衣は私をお泊まりに誘ってきた。
[え、ちょっと急過ぎない?]
今日から宿題を頑張ると決意した手前、そして何の脈絡も無くまさに今日泊まりに来ないかと言われた不意打ち感も相まって、私はすぐさま良い返事を返せなかった。
[予定が無さそうに見えて当日に何が起こるのか分からないのが夏休みの醍醐味でしょ!ちょうど暇してたし千佳さえ良かったら遊びに来なよー]
真衣は近所の子供でも言いそうに無い好い加減な事をさも学生の特権か何かのような口ぶりで語りながら、なおも私を泊まりにこさせようとしている。 せめてもう少し前の日から言ってくれていれば私も難色を示す事も無く二つ返事で真衣からの誘いに乗ってあげられたのにと、私は改めて彼女の突拍子の無さを惜しんだ。
[でも今日は夜から家族で外食する約束しちゃってるし、悪いけど今日は無理かなぁ。もうちょっと早く言ってくれてたら良かったのに。っていうか真衣、暇とか言って宿題は終わったの?もしかして全然手を付けてないって事は無いよね]
私は真衣からのお誘いをやんわり断りつつ、暇と宣った彼女の宿題の進捗度を訊ねると、返事がしばらく返ってこなかった。 返事の遅いのを察するに、きっと一教科くらいしか終わっていないに違いない。
それから数分後に着信が来て、どれどれと彼女の弁解を見てみると、
[失礼な!昨日も数学のプリントやったから!]
予想とは裏腹に、真衣なりに宿題は進めてはいるようだった。




