第二十二話 好奇心 11
「そうだね、実は特に何も考えて無かったんだけど――あ、じゃあこういうのはどうかな。 制限時間以内に私の手に持つスマホを奪えればキミの勝ち。 もし時間内に奪えなかったら私の勝ち。 シンプルで分かりやすいでしょ?」
確かに単純極まりないルールではあるけれども、そのルールに則ると、さすがに男の身体を持つ僕の方が圧倒的に有利になってしまうから、何かしらの禁則事項がありそうだ。
「ただし、ただ私の手からスマホを引っぺがすだけならキミの方が有利になっちゃうから、キミには幾つかのハンデを負ってもらうよ」
果たして玲さんは、以下のハンデを僕に与えてきた――
前提として掲げられたのが、スマートフォンを持つ手以外への玲さんの身体に接触する事の禁止。 唯一触れる手も、こちらが触ろうとする彼女の手にそれが握られていて初めて接触が可能となり、その際は手首より下の腕を掴む事を禁ずる。
なお、スマートフォンを持つ手以外の玲さんの身体に接触してしまう事をお手付きとし、お手付き三回で反則負けとする。 ただし、玲さんから僕への接触は僕のお手付きの内に入らない。 ――以上が、僕に課されたハンデである。
そしてハンデを課されたのは僕だけではなく、玲さん側にも彼女自身で幾つかのルール定義を付け加えた――
玲さんは必ずどちらかの手の内にスマートフォンを握っていなければならず、服やポケットの中にスマートフォンを隠匿するのは禁止とし、例え手にスマートフォンが握られていたとしても、先述の場所へ手を忍ばせる事は認められない。
ただし、背中の後ろに手を隠して相手側に不可視状態を作り出す事は認めるものとするが、その際は十秒以内に隠した手を相手へ見せなければならず、時間を超過しての不可視状態の維持は反則負けとする。 なお、不可視状態を行ってよい回数は三回までとし、不可視状態以外では腕を背中より後ろへ回してはならない。
最後に、実際にスマートフォンを奪い合ってしまっては衝撃で故障してしまう恐れもあり得るから、それを持つ手を掴んだ時点で僕の勝ちとする。
――以上が、玲さんが自身で取り決めたルールである。
あとは共通のルールとして、僕と玲さんは所定の位置から移動する事を禁じられている。 所定の位置とは、六〇センチ四方の座布団を二〇センチ間隔で二枚並べた各々の座布団の面積内の事で、その範囲を超えての活動は禁止とし、意図的な座布団外への手足の接触が認められればその時点で失格とする。 範囲内であれば身を乗り出しての行動も可能であるが、その場で立ち上がる事は許されない。 ただし、膝立ちは認めるものとした。
「――まぁ、こんなもんでしょ。 あんまり細かく決めすぎても私達が覚え切れないし。 で、最後に制限時間だけど、長過ぎず短過ぎずって事で五分でもいいかな」
「いいんじゃないですか。 いくら僕にハンデがあるとはいえ、攻めが有利なのは変わりませんし、あんまり長すぎても玲さんが不利になっちゃうでしょ」
「お、言ってくれるね。 もしかして勝つ気満々?」
「当たり前でしょ。 この機会を逃せばその写真が先輩の手元にずっと残り続けてしまうんですから、何としても勝たせてもらいますよ」
「おー怖い怖い。 こりゃ私も気が抜けないなぁ。 でも、いくらお手付きで許されるからって、変なトコ触ったらさすがに怒るからね」
「変なトコって、例えばどんなトコですか」
「……セクハラで今すぐ失格にしてあげよっか?」
「――何でもないです」
相も変わらず僕は学習能力が無いなと自身を卑下しながら、僕と玲さんは勝負の段取りに入った。 僕と玲さんは所定の位置に付き、膝を付いて爪先だけを立てた正座に近い状態――いわゆる跪坐の形を取って座布団の上に待機している。 座布団を並べた時にはもう少し近くても良いのではと思っていたけれど、こうして二人が対面してみると、相手との距離は存外に近い。 全体どれぐらい近いかと言うと、玲さんの睫毛の反り具合が判然と視認出来るほどだったから、些か緊張を覚えてしまった。
けれども、これしきの事で動揺していてはあの玲さんを出し抜いて勝利を収める事など出来やしないと自身を叱咤しつつ、僕は玲さんより早く臨戦態勢を整えた。 玲さんは何やらスマートフォンを操作している。
「――よし、これでいいかな。 私のスマホのアラームで五分計っとくから、これが鳴った時点で私の手元にスマホがあったらキミの負けね」と言って、玲さんは確認として五分きっかりに設定されたアラーム画面を僕に見せてきたので、僕も「わかりました」と言いながら一度だけ頷き、アラームに不備が無い事を肯った。
「確認も取れたし、アラーム開始ボタンを押した時点からスタートね。 勝負中は誤操作防止の為に画面は切っとくけど、ちゃんと裏でも時間は経過してるから心配しないでね。 んじゃ、スタート」
いよいよ玲さんはアラーム開始ボタンを押した。




