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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第二十二話 好奇心 6

 今日は寄る所があると伝えて、僕は校門で四人と別れた。

 校門を右に出て、以前三郎太達と温泉へ行った際に通った道には曲がらずそのまま直進し、全長十メートルほどの高架下を潜り抜けると、例の海に密接している川の流れがある。 川から向こう側の道路へ渡る為の小さな橋も設けられており、その橋を渡らずに橋の左手前にある小道へと折れて、そのまま川沿いに進んでゆく。


 それから道なりに二〇〇メートルほど進んだ先の左手に、やや濃いカーキ色に染まった瓦葺かわらぶきの一軒屋が見えてくる。 玄関前の花壇には、あまり手入れの見受けられない庭木達が道路側へはみ出さない程度に生い茂っている。 庭木の枯れていないところを見るに、手入れはされていなくとも、水は適度に与えているのだろうとうかがえる。


 花壇の隣には、玄関通路をへだててカーポートがある。 車二台分は悠々と停車出来そうな広さだ。 その隣には、横幅四メートル、縦幅三メートル、奥行十メートルほどのコンクリートブロックで建設されたガレージがある。 一見ここも車庫のように受け取れるけれど、ガレージの中央辺りにある窓から透けて見える、雑貨みたようなものが乱雑に置かれているさまを見るに、恐らく倉庫的な用途で使用しているものかと思われる。


 そうして、これまでに何度か立ち寄ったこの家の全貌を外から眺めた後、僕は玄関へと進み、がらがらと玄関の戸を開いた。


「お邪魔します。 玲さん、いますか」

 僕は今日、玲さんの自宅に招かれていた。 招かれたのは昨日――時間にして二十三時半ごろ、僕がとここうとした間際の事である。


[夏休み始まっちゃうと中々会えないから、明日の終業式が終わったあと私の家で一学期最後のキミとあの子との現状報告聞かせてよ。用事あるなら仕方ないけど。]


 玲さんからの誘い文句はこうだった。 しかし彼女も何かしらの都合があったのかも知れないけれど、もう少し早くに連絡をくれればよかったのにと思う。 今回はたまたま寝る間際に連絡が来たから良かったけれども、もし僕が熟睡してしまっていたら、このメッセージを朝まで放置してしまい、また玲さんの機嫌を損ねるところだったのだから。 もう寝てしまっていたのでメッセージに気が付きませんでした、などという弁明は彼女の耳には届かない。


 僕は自宅で別段やる事が無ければ夜が浅くても寝てしまう事があり、古谷さんとのSNSのやり取りも無ければ二十三時過ぎには床に就いている事が多い。 早ければ二十二時前に夢を見ている事だってある。 だから、これまでに何度か先述の理由で彼女の他愛ないメッセージを朝まで放置してしまった事があるけれど、僕が弁明を果たす度に彼女は[寝るの早すぎ。君はおじいちゃんか。]などと軽くののしってくる。 ゆえに今回は寝る前に気が付けて良かったと安堵した一方で、もう少し早く連絡を寄越してくれれば良いのにという不満が、僕の胸中で同居していたのだ。


 勿論彼女からの誘いには応じた。 玲さんとは球技大会以来、まともに顔を合わせていなかったので(あれを顔合わせと言うには難しいところだけれど)、僕も一学期分のお礼を彼女に伝えたいと思っていたから、僕にとってもこの誘いは都合が良かったのだ。


『はーいっ、二階に居るから上がってきなよー』

 ――間もなく、玲さんの快活な声が二階から玄関先まで響き渡ってくる。 僕は靴を脱ぐ前に玄関先で大きく深呼吸した後、彼女の居る二階の部屋へと向かった。


 部屋の前に辿り着き、ノックしてから引き戸を開けると、室内から流れてくる冷気が僕の肌を撫でた。 どうやら室内は冷房が効いているようだ。 玲さんは例の如く丸テーブルの前に横座りしている。 格好は制服のままだ


 彼女と目が合い、「どうも」と言いながら軽く会釈して部屋へ進入すると、玲さんは微笑しながら胸元辺りに手を上げ「いらっしゃい」と挨拶を返してくる。 それから僕は、僕用に設置されていたであろう淡い桜色の丸クッションの上に腰を下ろした。


「キミが私の家に来るのも久しぶりだね。 この前来たのは中間考査の最終日だったっけ」

 玲さんは肘をテーブルへともたせ掛け、頬杖を付いてこちらを見つつしみじみとした態度で僕が以前に訪問した日を思い出そうとしている。


「そうですね、前の中間考査が五月末だったので、だいたい二ヶ月ぶりぐらいでしょうか」

「もうそんなに経つんだね。 何か一週間くらい前の事のように感じるよ」

「僕も先輩ほどじゃないですけど、確かに記憶には新しいですね。 何というか、その時の印象が強く刻まれてるというか」

「だよねー、私もすごい印象に残ってるよ。 キミにえっちなDVD見せられた事」


 顔色一つ変えず出し抜けに以前の僕の大失態を引き合いに出されて、覚えず僕は口を一文字に結び、玲さんからあからさまに目を逸らした。


「ひょっとして、あの時の事、まだ根に持ってたりしますか」と言いながら、僕は恐る恐る玲さんの顔を見た。 口元は穏やかで、割と平然としている。


「そりゃ当然――って言いたいところだけど、キミにはあの時これでもかってほどお説教したつもりだし、一応のところは水に流してあげるって言ったから、これ以上キミを責めるような真似はしないよ」


 出だしの言葉を耳にして冷や汗が出そうになったけれど、玲さんの言葉を最後まで聞いて、僕はほっと胸を撫で下ろした。 それにしても、先の対応しかり、球技大会後の僕への対応然り、玲さんは過ぎた出来事に関しては存外ドライな所があるように思われる。


 勿論、これまでに僕がやらかした玲さんへの失態を蒸し返され、くどくどとお説教を食らってしまう事はあるけれども、その時も大抵僕が失態なり失言なりをして彼女の機嫌を損ねてしまったからこそ蒸し返されるのであって、何事も無ければ彼女は僕の過去の失態を理由も無く蒸し返して僕をおとしめるような真似はしない。 玲さんのそうした截然せつぜんたる人となりは、玲さんらしいと言えるだろう。

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