表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
136/470

第二十二話 好奇心 5

 そうして第一に目に留まったのは、僕の後席で未だ机に突っ伏している三郎太だった。 どうやら水分を取り過ぎた所為せいで、まだ気分が優れないように思われる。 自らが招いた体調不良だとは言え、三郎太のここまで元気の無いところを目の当たりにすると、さすがに気の毒になってくる。


「三郎太、大丈夫? もうホームルームも終わったけど、帰れそう?」


 つい心配になって声を掛けてみると、三郎太は弱々しい声色で「おう……大丈夫だ」と強がって見せた。 それから彼はむくりと上体を起こして、鞄を手に取り、その場に立ち上がった。 けれど、やはり全然大丈夫ではなく、足取りがふら付いていて今にも転倒しそうだ。


「ほんとに大丈夫? まだ気分が悪いならもう少し休んでた方がいいんじゃないの?」

「いや、多分()は抜けたから大丈夫だと思――うっ!」


 また強がりで誤魔化そうとしたのも束の間、三郎太は突然形相を変えて口元に手を当てながら鞄を投げ出し、小走りで教室から駆け出して行った。 先の一連の行動から察するに、突然立ち上がった事によって強い吐き気をもよおしてしまったのかもしれない。


「なんやサブのやつ、さっきまでくたばっとった癖にもう走り回れるほど元気になったんかいや」

 三郎太の奇行を淡々と評しながら、竜之介が僕の傍へ寄って来る。


「元気、っていうよりかは焦ってたって感じでしたけど、大丈夫でしょうか三郎太くん」

 近くに居た古谷さんも、三郎太をひどく心配している。


「今頃トイレで吐いてたりして」

 その横で平塚さんが僕と同様の推察を口にしている。 それから数分後に三郎太は戻ってきた。 教室を出る前とは見違えるほどに、一仕事やり終えたような清々すがすがしい男の顔をしている。


「いやー、さっきまで死ぬほど気分悪かったけど、我慢せずに全部吐いたら最高にすっきりしたわ。 やっぱ我慢は身体にわりーな、うん」


 三郎太は今し方体験して得た教訓を自らに言い聞かせ、腕を組みながらしたり顔で首肯しゅこうしている。 そこは水分を過剰摂取してしまった事を反省すべきなのではという苦言が喉まで出掛かったけれど、体調不良から快復したばかりの彼にそれを言ってしまうのは野暮だろうという遠慮が勝ってしまい、敢えて言わずに飲み込んだ。


 それにしても、いくら三郎太の人となりとは言え、女性である古谷さんや平塚さんの目の前で「嘔吐してきた」と平気な顔でのたまえる根性は感心せざるを得ない。 僕も玲さんと初めて出会った時に彼女の前で嘔吐してしまったけれど、その事を古谷さん達に面向かって言える気がこれっぽっちもしない。


 そもそも三郎太の嘔吐と僕の嘔吐では条件や状況がまったく異なっているから、比較するだけナンセンスだとは理解している。 それでも、仮に僕が彼と同じ条件、状況で嘔吐したとしても、顔色一つ変えず、あまつさえ破顔しながら彼女達に「たった今、嘔吐してきた」などと言える気がしない。 それを思うと、三郎太の人となりは洗練されたもののように思えてくるのだから不思議なものである。


「もー、サブくん汚いって。 女の子の前なんだから少しは遠慮しなよー」

「悪い悪い、でもあのまま我慢し続けて教室で撒き散らすよりはマシっしょ?」

「だから汚いってばー」


 平塚さんは三郎太の嘔吐発言を受けて苦笑いしながら彼をたしなめているけれど、彼女の態度には嫌悪だとかそういうたぐいの感情は表れておらず、口ではそう言いつつも、あくまでからかい半分といった雰囲気だ。 人によっては不快を覚えさせられてしまう言動も、三郎太を以ってすれば閑談に変換出来るように思われる。 彼の普段の軽薄も満更悪い方向へ向かうばかりではないらしい。 この時初めて、三郎太の人となりを羨ましいと思った。


 それから三郎太の嘔吐話もそこそこに、僕達五人はしばらく教室で雑談を交わした。 その中で僕は皆に、しばしの間会えないけれど、また夏休み後には元気で会おうね、という旨を伝えた。 すると平塚さんが僕を見据えて「綾瀬くんは色白いから、この夏でちょっとは焼いてきなよ」と言ってくる。 僕は僕で「考えとくよ」と苦笑気味にお茶を濁した。


 やはり女性的には肌の色黒い方が男らしくえいじるのだろうかと僕の腕の白いのを眺めながら、今年は少し焼いてみようかしらと軽い気持ちで目標を立てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ