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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第二十二話 好奇心 4

 終業式の日はすこぶる暑かった。 終業式は体育館で執り行われていたけれど、球技大会の時とは打って変わって両側面の大扉が開放されておらず、僕たちは酷暑と格闘せざるを得なかった。 終業式開始五分で背中がたちまち汗ばんで来て、その五分後には頭から顔目掛けて大汗がたらりと垂れてくる。 息苦しさまで覚えてきた頃には背中は大惨事だ。 雑巾の様に絞れば、肌着は汗を惜しみなく吐き出すだろう。


 そうして、誰しもが一分一秒でも早く終われと望んだであろう苦行の如き終業式は、ようやく終わりを迎えた。 体育館を出た時に吹いた清風には、覚えず感嘆の声が漏れた。 それから僕達は一学期最後の締めのホームルームを受ける為、再度教室へと向かった。


「いやあの暑さの中あの生徒指導の長話はあかんやろ、下手したら死人が出るところやぞ」


 僕はホームルームが始まるまでの間、竜之介の席に立ち寄っていた。 間もなく古谷さんと平塚さんもやってきた。 竜之介は顔へ向けて下敷きをぶんぶん振りながら終業式を酷評している。 竜之介に限らず、教室に居る生徒のほとんどが、今回の終業式に不満を持っているに違いない。


「せめて両側の扉が開いてれば大分気温も変わってたのにね」


 平塚さんも竜之介同様、下敷きで顔を仰ぎながら先の終業式でこうむった熱を冷ましている。 古谷さんは彼女の発言に賛同するよう、うんうんと首肯しゅこうしている。 それにしても、普段はふんわりとした髪質の平塚さんだけれど、先の熱気と湿気にてられたのか、今日は髪のボリュームが心なしとぼしく見える。


 平塚さんや古谷さんがやっているかどうかは分からないけれど、女子生徒の中には生徒指導に引っかからない程度に化粧をしている生徒も居ると小耳に挟んだ事があるから、今回みたくいやでもおうでも汗をかいてしまう場面では女生徒も大変だろうなと同情の念が生まれてくる。


 その点にかんがみれば、存外男というのは気楽なものである。 大汗をかこうが何の気遣いも無く顔を洗えるし、着替えさえ持ち合わせていれば、シャツ程度ならば女子生徒の居る教室でさえ着替える事が出来る(僕は出来そうにないけれど)。 そうした行為は、言ってしまえば、がさつである。 しかし、そのがさつこそが、男が男たる所以ゆえんではなかろうかとも考えられない事も無い。 男は度胸、女は愛嬌と、昔の人はうまく例えたものである。 僕も三郎太を見習ってがさつに振舞ってみようかしらと思ってはみたけれど、自分が三郎太みたく振舞う様がまったく想像に見て取れなかったから、先の試みはたちまち棄却された。


「あれ、そういえば三郎太は?」


 思考に三郎太の存在を浮かび上がらせている内に、ふと三郎太が僕たちの周囲に居ない事に気が付いた。 こういう時、いの一番に声を大にして不満を述べるのが三郎太という人間の常だというのに、今一度耳を澄ましても彼の声がちっとも耳に聞こえてこない。 彼は一体何処で何をしているのだろうとかえって心配になった僕は、辺りを見回しながら皆にたずねた。


「サブやったらあそこや。 喉渇いた言うて冷水機の水がぶ飲みして、飲みすぎて気分(わる)ぅなったらしいわ。 まぁ、控えめに言うてアホやな」


 竜之介が人差し指で示す方向に目をやると、自身の席に座って机の上に突っ伏してぐったりとしている三郎太の背中が見えた。 これが僕の真似しようとしていた人物のがさつ(・・・)だと、彼を反面教師に見立てながら、やはり先の試みを棄却しておいて正解だったなと、僕は男への道のりの険しさを改めて痛感した。


 それから皆で三郎太のお馬鹿加減を憫笑びんしょうしている内に担任の先生がやってきて、ホームルームが始まった。 内容としては終業式の時に生徒指導の先生からくちやかましく語られていた内容とほぼ同一である。


 学生という立場をわきまえて節度ある生活を――くれぐれも警察の世話にはならぬよう――課された宿題は忘れず登校日に提出するよう――いくら高校生になっても、夏休み前に先生から言われる事は小学校から何ら変化していない。 先生から見たら、高校生も小学生も子供に違いないのだから当然と言えば当然かと、自身が導き出した答えながら、妙に納得させられた。


 程なくしてホームルームが終了し、また教室に喧騒けんそうさが戻った。 しかしホームルーム前ほどの騒がしさは無い。 今日は終業式後のホームルームを最後に解散だったから、もう教室に居残る必要は無い。 ゆえに一部の生徒はホームルームが終わるや否や、そそくさと教室を去っていった。 今教室には四割程度の生徒しか滞在していない。


 これだけ携帯電話が普及した時代ならば、今日素っ気無く帰宅したところで、明日以降には慣れ親しんだ友人達と連絡を取り合う事が出来るから、無理に教室に残ってしばしの別れを惜しむ必要も無い。 そう考えると、携帯電話とははなはだ便利なコミュニケーションツールだと改めて思い知らされる。


 けれど僕は今、教室に残っている。 彼ら彼女ら(・・・・・)とは連絡先も知り合っているし、せんだって花火大会へ一緒に行こうと誘ってきた古谷さんのよう、三郎太や竜之介とも夏休みの間に遊ぶかも知れないけれど、ひょっとすると都合が合わなくて、古谷さんを除く皆とは夏休みを終えるまで(登校日は八月後半にあるけれど)顔を合わさないかも知れない。


 そう思ってしまうと、いくら何時いつでも携帯電話で連絡を取り合える仲だといえども、少し寂しい心持がする。 だから僕は、改めて彼ら彼女らに別れの挨拶を済ませてから教室を出ようとしていたのだ。

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