表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
133/470

第二十二話 好奇心 2

「じゃあ、私のお願い事、聞いてもらってもいいですか」


 もじもじと遠慮気味に本題に入り始めた古谷さんに「うん、約束だからね」と、僕は敗者として勝者の言葉を聞き入れた。 古谷さんは一体、僕にどのような願いを伝えてくるのだろう。 とは言っても、事前にある程度の予測は立てられていたのだけれど。


 ――期末考査前、古谷さんが明示してきた『負けた方が勝った方のお願いを一つだけ聞く』という約束の中に、いくつかの制限を二人で設けていた。

 一つ目は、金銭面のお願いに関しては五〇〇円以内、という制限。 いくら勝者からの願いだといって、何千何万もする品物を買ってくれと言われてしまうと、高校生の財力ではとてもまかなえ切れないという事で、双方共に無理なく払える五〇〇円という金額が上限という事で話は収まった。


 二つ目は、互いに対応可能な範囲での願いである、という制限。 詳細に語ると、倫理を逸脱いつだつした無理難題は禁止、という事である。 例えば、明日中に丸坊主にしてこいだとか、誰某だれそれに嘘の告白をするだとかと言った、相手の人権を踏みにじるような願いはご法度である。 あくまで相手が社会的に一方的な損をこうむらないような願いである事が前提だ。 (もっとも、僕や古谷さんが相手に対し、そうした無茶を言わないのは分かりきっていた事だけれど)


 この二つの制限が僕と古谷さんの間に交わされていたから、僕はあらかじめ、彼女のお願い事の内容に目星を付けていた。 以前、彼女にたれペンのぬいぐるみを貰い受けた見返りとして僕が彼女に食堂のプリンをおごった時、彼女は本当に嬉しそうにプリンを食していた。 だから古谷さんは今回も、食堂でプリンを奢って欲しいと言って来るのではないかと僕は予想していた。


 ただ、この予想は何も彼女がプリンが好きだからという安直な理由ではなく、僕が彼女に対し何らかの物品を贈る事によって、彼女が歓喜を覚えるという事に気が付いていたからである。 だから僕はその予想以外の心積もりを段取りする事も無く、彼女の言葉を待っていた。


「あの、今度の夏休みに、私と一緒に花火大会に行ってくれませんかっ」

「えっ」


 あまりの意想外のお願い事に、僕は覚えず驚倒の声を漏らしてしまった。 古谷さんは僕の戸惑いを感じ取ったのか、わずかながら沈鬱な表情を覗かせている。


「……やっぱり、急過ぎますよね。 ――すいません、さっきのは忘れてください! えーと、じゃあ……」

「いや、別に急でも無いし、嫌でもないよ。 ただ、僕の予想してた古谷さんの願い事とはかけ離れてたから、ちょっと驚いただけだよ」


 僕が先に見せてしまった戸惑いの弁明を図ると、すっかり表情に明るさを取り戻した古谷さんが「そうだったんですか?」と確認してくる。


「ちなみに、ユキくんの想像してた私の願い事って何だったんですか?」

「食堂でプリン奢って、って言ってくると思ってたよ」

 僕が正直に答えると、古谷さんは「ふふっ」と笑みを浮かべた。


「ユキくんの予想も、まんざらハズレでは無かったです。 初めに言った願い事が通らなかったら、そうしようと思ってましたから。 でも、本当にいいんですか? 前に二人で決めた制限には引っかかってないとは思ってるんですけど、もしユキくんが無理そうなら駄目だってはっきり言ってくれたらいいので……」


「ううん、さっきも言ったけど、無理でも嫌でも無いよ。 むしろ、僕も夏休みは高校の誰かと何処かへ出掛けられたらいいなって思ってたから、古谷さんから僕を誘ってくれて嬉しいよ」


「そうですか、良かったです。 もし断られたらどうしようと思ってドキドキしてたんですけど、ユキくんが誘いを受けてくれて私もすごく嬉しいですっ!」


 彼女は言葉の通り、白い歯を見せながら小気味良く笑っている。 僕が彼女の誘いをこころよく受けたのが余程嬉しかったのだろう。 それから僕は詳しい日程をたずねた。 その花火大会は八月二十四日の土曜、古谷さんの住んでいる町から五駅ほど東に進んだ街の海岸沿いで開催されるようだ。


 祭りの規模はその近辺では一番大きいらしく、彼女自身も去年家族と足を運んだと言っていたけれど、人混みが激しく、一度人の流れに乗ってしまったら立ち止まる事も引き返す事も出来ない程だと言っていたので、その話からでも祭りの規模の大きさが如実にうかがえる。 


 帰宅後、僕は最寄り駅から目的駅までの所要時間を調べた。 一時間四十七分掛かるようだ。 それから古谷さんに教えられた花火大会をインターネットで検索し、終了時刻を調べた。 花火の終わるのが二十一時半頃らしい。 駅から花火会場までは徒歩十分とあるから、全ての花火を見終わった後でも、二十二時過ぎの電車に乗れば終電を逃す事無く帰宅出来るだろう。


 しかし、今改めて思い返してみても、古谷さんが僕を花火大会に誘って来たという事実に対し、未だに現実味が無い。 勿論、僕だって嬉しくない訳じゃあ無いけれど、若い男女が二人きりで特定の場所へ出掛ける行為は世間一般でいうところの、いわゆるデートに値するのではと、どうしても思考に過ぎってしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ