第二十二話 好奇心 1
球技大会を終えた次の週、僕は一学期最後の学力を測る期末考査の最終日に臨んでいた。 先週は球技大会、今週は期末考査、そして来週は終業式を経ての夏休み突入と七月は行事が目白押しで、恐らく生徒の大半は球技大会の熱も冷め切らず、加えて来週には夏休みという大型連休も控えている事から、既に気持ちが浮ついているに違いない。 だから以前の中間考査より、今回の期末考査の平均点はがくりと落ちる事だろう。
しかし、僕は今回の期末考査で点数を落とす訳には行かなかった。 理由は――先週末の古谷さんとのSNSのやりとりの最中、以下の事を言われたからである。
[今回の期末考査、私と勝負しませんか?負けたほうが勝ったほうのお願いを一つだけ聞くって事で]
そういえば来週は期末考査だねと僕が始めた話題から間もなく、古谷さんは卒然と先の勝負事を僕に吹っ掛けてきた。 何故彼女が何の脈絡も無く柄にも無い事を言い始めたのかは判然としないけれど、ことによると以前の中間考査の際、三郎太と竜之介が食堂の品食べ放題を賭けて試験結果を競い合った事があったから、その影響を受けたのかも知れない。
余談ではあるけれど、あの時の三郎太と竜之介の勝敗は、竜之介の圧勝に終わっていた。 竜之介の頭が良い事は、彼の授業態度や勉強姿勢を見ている内にある程度飲み込めてはいたけれど、彼が総合得点で全クラス中八位を取ったという報告を聞いた時にはさすがに僕も驚いた。
柔道も強くて頭脳も明晰、その上中学の頃から彼女も居るという非の打ち所の無い事実を突き付けられれば、三郎太じゃあないけれど、本当に漫画の世界から飛び出してきた人物なのではと思わずにはいられなかった。 しかし、そこに嫉妬が生まれないのは、彼がそういった実力をまったく公にひけらかさないからだろう。 能ある鷹は爪を隠すという言葉は、彼のような人格者の為に在るようなものだ。
因みにその時の僕の総合得点は全クラスで十五位、古谷さんが二十一位、平塚さんとはその頃まだ交流が無かったから彼女の学力は未知数であり、そして三郎太は――明確な順位を述べてしまうのは些か気が引けるので、下から数えた方が早い、とだけ言っておこう。
そうした事情で、僕は古谷さんの挑戦を受け取り、三日前から開始され、本日が最終日となる期末考査に全力で取り組んでいた。 中間考査の結果に鑑みても、古谷さんより僕の方が総合得点は上であった事から――恐らく彼女も相応の勉強を重ねては来るだろうけれど、それは僕も同じ事であり、ならば同等の勉強量をこなした上での学力は僕の方が上だろう、だから今回も負けはしまい――と高を括っていた。
本日最後の国語のテストも手ごたえは十分に感じている。 僕の予想では九十点は下らない筈だ。 そうして、漢字の書き取りの最終チェックを終えた頃、授業終了のチャイムが教室に鳴り響いた。 僕は後腐れなくペンを机の上に置き、やり終えたテストを回収者である竜之介に手渡した。 後は結果を待つのみである。
それから週を跨いだ終業式の前日。 朝のホームルームの際、待ちに待った期末考査の結果が返ってきた。 担任の先生から二つ折りで手渡されたケント紙仕様の成績表は、自身の点数結果は勿論の事、教科ごとの自身の順位や平均点まで委細に亘って記されている。 無論、学年順位さえも。
僕は座席に着いてから成績表を開いて、真っ先に学年順位を確認した。 十一位である。 あわよくば一桁台を狙えるかも知れないと、今回はそれなりに自信はあったのだけれど、やはり前後に行事が織り込まれていようとも、成績上位陣には然程も影響を来さないという事だろう。
けれどそこまで悲観する事も無い。 僕は以前の順位より四つも位を上げたのだから、古谷さんが僕の順位を超える事は難しいだろう。 成績表の順位を見てからというもの、僕は僕の勝利を寸分も疑わなかった。 そうしてホームルームを終え、一時間目が終わった後の休み時間中、教室で古谷さんと成績表を見せ合って間もなく、僕は思わず目を丸くし、絶句した。
「やったやったっ! ユキくんに勝ちましたっ!」
すっかり勝った気味でいた僕の目に飛び込んで来たのは、彼女の成績表に記された、九位、という学年順位。 彼女は以前の中間考査より十以上も順位を上げてきたのだ。 以前の彼女は本調子で無かっただけなのか、それとも今回は僕との勝負が控えているからと僕の予想を上回る勉強を重ねてきたのだろうか――いずれにせよ、この結果を目の当たりにするだけで今回彼女が並々ならぬ努力を重ねてきたという事だけは十二分に伝わってくる。
「負けたよ古谷さん。 僕も今回は中間考査より頑張って勉強したつもりだったから負けるつもりは全然無かったんだけど、正直びっくりした。 すごいね学年順位一桁なんて」
僕が負けを認め、古谷さんの成績を賞賛していると、彼女は自身の髪を撫でながら「えへへ」と照れ笑いしている。 普段の彼女ならば「そんな事は無い、私かユキくんか、どちらが勝ってもおかしくはなかった」と謙遜してきそうではあったけれど、そうした態度を呈する素振りのないところを見るに、自然僕の脳裏には、古谷さんは今回の期末考査に自信があって、かつ、どうしても僕に勝ちたかったという背景が浮かび上がってくる。
古谷さんが僕に勝ちたかった理由。 それは、勝者のみが獲得出来る例の行使権の為に相違ない。




